第197話「鏡に映るは」

「現世を見下ろす鏡です。高天原に住まう者ならば必要ないのですが、たまに人の魂も迷い込むので作ってあるのです」

「何も映ってませんよ?」

「見たいものを念じなさい。ただし、現世にいない者は見えませんよ」

 ではハルの姿は映らないのだ。少し迷ってからそれについて思い描くと、ぽうっと鏡の表面が光った。

「……旧都ですか」

「よかった、復興が進んでいるみたいで」

 瓦礫が積み上がっている箇所が目立つものの、軍隊からの支給や仮設住宅の建設は盛んに行われている様子だ。絵本を抱えた女の子は目元の包帯を外してもらうところだった。

「全国で妖怪が暴れているおかげで、軍隊はほとんど妖怪掃討の任務につけていないようですね。人々の救助で手が回らないのでしょう」

「だったらやっぱり、わたし達でお母さんを止めなきゃいけないんですね」

 続いて千愛達の渓谷を覗いたが、皆元気そうにしている。フッと空を見上げた千愛が扇子で口元を隠し、笑ったようだった。まるで目が合っているかのような振る舞いに慌てて顔を背ける。

「まだ表立った行動は起こしていないみたいですけど……。あれ?」

 皇大神宮を覗いた時、違和感に気づいた。兄の姿がないのだ。代わりに一人の神職が参拝者の相手をしているが、天明一族では見たことのない顔だ。アマテラスも表情を変え、一度行ってくると告げてフッと姿を消した。

「お兄ちゃん、どうしたの……?」

 ふと神職が本殿へ足を向け、スタスタと歩き去ってしまう。戸惑う参拝者の前へ現れたのはベリーショートの髪型をした巫女だった。その姿にハッとする。

「旧都に連れていってくれた、化け狸の!」

 確か名を「あられ」といったはずだ。社地の妻であるおとめの一族に仕えていると言っていた。つまり千愛と同じ主へ辿り着く。

 安倍晴明。今のところ敵とされている男の部下か、本人か。どちらにせよ光明の身に何かあったことは間違いないだろう。

「困りましたね……」

「アマテラス様」

「あの神職、安倍晴明の息子だそうです。光明のことは大切にもてなしているから安心してほしいと」

「なんで連れていったんでしょう」

「これから起こる騒ぎに巻き込みたくない、とあかりが言ったそうで」

 ひかりの頬へ冷や汗が流れる。険しい表情をしたアマテラスは小さく呟いた。

「何をするつもりなんでしょう、あかりは」

 沈黙が続いた。

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