第198話「己の頭」
不安が胸を焼いている。寝返りを打つと障子の向こうは相変わらず春の日差しのような明るさだった。高天原には夜が来ないのだという。身体の感覚が狂ってしまい、眠れない。
「お母さん……」
もう一度ゆっくりと、初めから母の動きを考える。周りに温かく守られるのは終わりにしなければならない。甘えた気持ちはしまい込んで、現実を見る時だ。
「ひかり様。眠らないと肉体が不調を起こしてしまいますよ。まあ無理もないんですかね」
「暗くないとなかなか寝つけなくて」
失笑したひかりに障子の向こうの影はふるふると首を振った。
「わたくしは世事に関心がないんですよ。おかしく舞い踊って皆様が笑ってくだされば、それで。だからひかり様のお気持ちには寄り添えないでしょうけれど」
「いえ、そんな」
「少しだけスサノオ様のお話をしましょう。高天原へやってきたあのお方を最初に見つけて、報告したのはわたくしなんです」
それは岩戸隠れの以前、姉弟が仲違いしていなかった頃の話だった。そこには流石にこの国最古の暴れん坊というべきか、驚かされることばかりだ。ウズメはフッと柔らかな吐息を漏らす。
「スサノオ様は今でこそお姉様に悪態をつきますが、本当は恐れているのだと思います。自分も同じように、ただ名前だけの器になってしまうことが」
「というと?」
「わたくし達と違いまして、三貴子やニニギノミコトには現世での『素体』がおります。つまり完全なる想像上のものではないので、必ず本物の魂が必要なのです。アマテラス様は死屍子退治によって己を思い出し、神としては死んでしまわれますね」
「ええ。……つまり、スサノオ様は現世に出て、モデルとなった人間としての自分を知りたくないってことですか」
「あのお方が死屍子を止めないのはそういうことでしょう。触れられないのですよ」
妙な言い回しに首を傾げたのが見えているかのように、和紙の向こうでウズメがクスクスと笑っていた。
「妖怪とは様々な生まれ方をしますが、死屍子はどのように生まれたとお思いですか?」
「生まれ、方……?」
「彼らの誕生と人間は切り離せぬものです。もちろん
光に溶け込むように消えていった気配に目をぱちくりとさせる。ここからは自分で、ということだろう。
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