第190話「神の子」
ちかちかとする両目をどうにか落ち着かせ、ゆっくりと天戸に近づく。それも大き過ぎて上が見えない。ここは雲の中なのか、辺りも真っ白で足元が揺らいでいる。ここが現世でないとはっきり理解できた。
「ようこそ、高天原へ」
姿のない声が耳元に囁かれ、ギョッとして身構える。天戸が少しずつ開いてきた。これほど巨大なものを動かしているというのに、音も空気の流れさえもない。ひかりは黙ってそれを見つめていた。
「お入りくださいませ」
「ふぇっ、こ、こんにちは」
「そう驚かれずとも、わたくし達はいるようでいないものですから」
朗らかな女神だ。相変わらず戸の先も真っ白だったが、一礼してくぐり抜けた途端に色彩がぶちまけられる。青一色の空を穿つほどの大屋敷に春夏秋冬の草花が乱れ咲いている。どこも光に満ちていて影がなく、あの森と同じだと思った。
「ここが、高天原」
女神の姿はすでに屋敷の玄関へ動いている。そこへ恐る恐るついていくと中まで案内され、座敷だという障子の前まで来た。
「こちらに皆、揃っております」
「あの……あなた様も高天原にまします尊きお方ですよね。わたしに敬語を使うことなど」
「何をおっしゃいます。ウズメはひかり様につき従う者でございますよ。ささ、どうぞ」
ウズメ──アメノウズメといえば岩戸隠れの際に大胆な舞をしてみせたことで名高い女神だ。萎縮するひかりを後目に、ウズメがそうっと障子を開ける。そこには男女様々な神々が集まっていた。両側にずらりと並び、中央を遠く見通した先にアマテラスが荘厳な出で立ちで鎮座している。
「よく来ましたね、ひかり」
「アマテラス様」
ひかりが跪く前に、他の神々が一斉に頭を垂れた。身体を強ばらせる彼女にアマテラスは深刻そうな表情を見せた。
「驚くのも無理はないでしょうが、とにかくこちらへいらっしゃい」
「は、はい」
中央を歩き出すが高尚な神々の目の前を横切るなど恐れ多く、足が震えている。ウズメがふかふかとした座布団を用意し、そこに両足を揃えて正座した。
「概ね見当はつきますが……高天原へは、何をしに」
「日頃、我々にあまたの恵みをお与えくださいます神々の皆様へ無礼を承知で申し上げます。この非礼をお許しください。……何か隠し事など、ございませんか」
周りの顔つきが険しくなる。その中ですうっと立ち上がった男神が穏やかに告げた。
「天照大御神よ。差し支えなければ、私がお伝え致しましょう。彼女は我々の子であるのだから」
「いいでしょう。イシコリドメ、話しなさい」
彼は頷いた。
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