光に生まれ陰に眠る

第191話「灯り」

「お目にかかれて嬉しく思います、天明ひかり様。私のことはイシコリドメとお呼びください」

「さっ様付けだなんて、とんでもないです! 呼び捨てにもできませんよ……」

 イシコリドメはくすりと笑って手を差し伸べる。おそるおそるそれを取った。

「ここでは萎縮してしまうようですし、中を歩いて回りましょう。ここは常に花々が咲き誇るので、見栄えはよろしいでしょう」

「は、はぁ」

「さて……お聞きになりたいこととは?」

 多くあり過ぎた。一つひとつをよく思い出し、慎重に言葉を選んで口を開いた。

「アマテラス様──あの玉座の女性は、どなたですか」

「そこからですか。仰せのままに」

 中庭に面した通路に差しかかる。白妙の玉砂利が敷かれた真ん中に松が枝を広げていた。イシコリドメは一度そこに止まり、ひかりはそれを見上げた。

「本当の名は「ともり」様とおっしゃいます。千年前に天明の子としてのお役目を果たし、死後こちらへ導かれた元・人間です」

「じゃあやっぱり、わたし達の祖先ですか」

「ええ。ですが実際、ともり様に跡目はおりませんので今の天明家の皆様は妹君の子孫になりますね」

 立派な松を前にして社地の話を思い出す。アマテラスは代替わりする存在であり、次はあかりの番だろう。ゆっくりと風が吹き始めた。

「天明の子の役目は三つあるのです。まず初めに、此度の騒ぎとなっている死屍子封じ。続いて死後に魂を高天原へ留めてアマテラスとして千年、現世を見守ること。最後──おそらくこれが、母君には納得いかなかったのでしょう」

「うーん……残りはきっと、次の死屍子退治のお手伝いか引き継ぎでしょうか?」

「察しがよろしくて助かります。そうですね、引き継いだ後の魂に問題があるのです」

 イシコリドメが表情を硬くしたのにひかりも緊張する。頭の中でできる限りの最悪の事態を考えて、じっと言葉を待った。

「アマテラスは今代の天明の子へと神降ろしすることで人としての感覚を取り戻してゆきます。そうして天明の子に寿命が来た時、自身が人間であると思い出すのです」

「そこで何か、問題が」

「時間の価値観がズレるのです」

 一度その言葉を咀嚼する。その意味を理解するごとに血の気が引いていった。

「千年の記憶に押し潰されて気が狂ってしまうのですよ。今まで何ともなかった日々を思うと、あまりの苦痛に耐えられない」

「では、ともりさんもそのように……?」

「どうでしょうね。あの方に限ってはどうにも」

 イシコリドメは柔らかく苦笑いした。

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