第180話「old tale」
「ひかり。おぅい、ひかりや」
紫陽花の前に立ち尽くす彼女に千愛が声をかけた。あの争いで亡くなった命が玉菜前の手で埋められていく。この花々は墓標なのだった。
「少しばかり、気を落とし過ぎじゃあ。しっかりせぬか」
「わたしがハルに会いたいなんて言ったから……皆、こんなことに。誰も死なせたくないと思っておきながら……!」
「永遠の生命などこの世にはあらぬもの。あり続けるのは心のみよ、それを大切に抱いておけばよい」
「ごめんなさい」
背中を押されて中に入ったひかりはジャス達の様子を見に行くと言って、その場から離れた。ふらふらと霊湯へ向かっていく。廊下には樋が敷かれて特別な湯を流していた。
「ジャスさん、リリィさん。失礼します」
「お見舞いですか。まだリリィは目を覚ましていませんよ」
流ちょうな言葉だ。肩まで浸かったジャスは苦い顔をして、姉の頬に張りついた髪を撫でる。ひかりは金色になった彼女のそれに目を丸くする。
「人工物を身につけていると効き目が落ちるそうで、私が落としました。姉自身は嫌いなようですけれど我慢してもらいましょう」
「本当に……?」
「ええ。腹違いではありますが、私達は姉弟です」
少し笑うと折れたあばらが痛む様子だった。肺に突き刺さったのを処置してからここへ入ったはずだが、やはり苦しいらしい。リリィの方は下腹部が大きく裂けたのだという。二人とも重傷だった。
「少しだけ私達の話を聞いてくださいますか? まだこの国へ来る前の、こんなにスラスラ話せる以前の私達のことを」
「傷が痛まない程度に」
「善処しましょう」
近くにあった桶をひっくり返して腰かける。スカートをまくって足湯のように霊湯へ入れると、疲れきった身体に活力が戻った。ひかりの動きが収まったのを確かめてから、彼はおもむろに話し出す。
「私が自分には姉がいるのだと知ったのは人間でいえば四歳ほどの頃でした。リリィはひどく傷ついてボロボロで、父を捜してやってきたのです」
ジャスが手を取る。ふと脳裏に浮かんできたのはアザとこびりついた血まみれの七歳ほどの少女だ。金髪は脂でべたついてだいぶ傷んでいる。常に身なりを美しく整えた今の彼女から想像もつかないほどの姿だった。
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