姉弟と今更

第181話「幼少の⑴」

 私は魔女の母を持ち、産まれました。インキュバスである父が正式に娶った妻との間の子供です。この髪色は母に似ました。私は山の麓にある大樹のうろへ作られた家で育てられました。そしてある日、街中へ出た時に出会ったのです。

「ダッド、やっと見つけた。マムに会いに来て。あなたを求めているわ」

「お前は誰だ」

 彼女はひどく傷ついて汚い格好ではありましたが、蜂蜜を垂らした瞳は美しく潤んでいました。それが姉です。私がイメージを送っていますから分かるでしょう? そう、痩せ細って暴行をされた痕が目立っている……。そんな少女でした。

「あなたが食事をしたとある貴族のご令嬢の娘よ。要は食べ残しに湧いたうじ虫ね、リリィって」

「フン。虫の出た食事に手をつける奴がどこにいる」

「残飯処理もできないの? 無能なダッド」

 リリィの母は淫魔に孕まされた子を下ろせと言われたのを拒み、それによって家を追い出され迫害されていました。今は路地裏などで寝起きしゴミを漁る生活だと告げる彼女に、私は自分の幸運を感じました。同時に腹違いの姉へ同情しました。思い返せばなんて浅はかな考えだったでしょうか。

「父上。行ってみてはいかがですか」

「必要ない。早く帰るぞ、ジャス」

「七番通りのカフェの隣に路地があるわ。そこに来て、マムに会ってよ。……あなたは心があるわよね、弟君?」

 リリィの口調には貴族らしい優美さがあり、堕落しても生き続ける強靭な精神力を思わせました。きっと身なりを整えてやれば美しいサキュバスになるだろうと。私は後日、母の衣装とメイク道具を持ってリリィへ会いに行きました。私はその時すでに、リリィの人心掌握術にかかっていたのでしょうね。

「いらっしゃい。来てくれると思ったわジャス。名前の由来は正義ジャスティス?」

「……いいえ。ジャスミンという花からです」

「リリィはそのままの意味、百合よ。お互いに花の名前だなんて運命みたい。やっぱり血は争えないものね」

 どこぞの花屋なんかを誑かして貰ってきたのか、白百合が横たわる人間の手に握られていました。骨と皮ばかりになって性別も分からないほどのその人の髪はビロードのように滑らかな金髪でした。ああ、これがリリィの母かと私はそこに跪いて手の甲へキスをしました。

「あなたは紳士ね。ありがとう」

「……もう」

「死んでるわ。今朝に」

 二人でこっそりと亡骸を運び、森の小川近くに埋めました。持ってきたもので着飾ってやり、私がメイクをすると確かに目鼻立ちの良さが分かるのです。リリィは泣きませんでした。私は必死にこぼれるのを堪えて、彼女へ土を被せました。

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