第179話「こどもたち」

 千愛の屋敷中へ霊湯を張り巡らせ、それぞれの部屋に蒸気を溜め込む。その中にそっと怪我人を寝かせると呼吸が穏やかになった。ひかりはもっと筋力をつけておくべきだったと後悔する。全く役に立てない自分が不甲斐なかった。

「とーちゃん、しんじまっただか」

「オラ、めのまえで見てただ」

 三人の子狸が階段の隅に寝転がって話していた。沈み込んだ雰囲気にひかりは思わず隠れる。大が絶え間なく涙を流す子を慰めていた。

「豆、そんなに泣くとめぇはれっぺ?」

「だってぇ……おいら、なにもできなくってよぉ」

「オラたちはな、もっととーちゃんくらいでっかくなってから、姫さまのために尽くすんだ」

「うん……」

 三匹はしばらく身を寄せ合い、互いに抱き締めて自分達を落ち着かせている。そのうちにどこかへ走り去っていた。どこか安堵しながら顔を出したひかりの前にフッと黄金の七尾が揺れる。

「聞いたでしょう、子供達の声を」

「はい」

「正直そちらのことは許してないわ。たとえ千愛様がご寛容だとしても、決して忘れない」

 玉菜前は表情を曇らせる。しかしキッと鋭くひかりを睨みつけ、深く響く声で語りかけた。

「母を人間に殺され、その死骸から生まれ出たのを拾ってくださった千愛様には恩義を感じている。でも、子供達ほど素直に命令には従うつもりにはなれないの。この気持ち、分かる?」

「いいえ」

「長く生きた妖怪や神はどこか命を達観しているわ。輪廻で再びこの世へ生を得ているのを目にするせいで、ひとつ一つの人生に目を向けようとはしない。でも子狸や小狐は違う。常にこの瞬間を生きているのよ」

 どちらにもなれないのだと言葉を続ける。踵を返した玉菜前についていきながら、ひかりは胸がきつく締めつけられるのに耐えた。

「次があると諦めきれる神でもなく、視界が狭過ぎて盲目になれる子供でもない。ひかりなら分かってくれると思っていたけれど」

「わたしは子供です」

「そう。ならせめて、目に焼きつけていきなさい。奪い取るために切り捨てたものを」

 ふと景色が変わる。そこは入口の紫陽花が群生する場所だった。淡く赤と青に色づいた紫陽花が首を振るように揺れる。

「ここへ立つ度にとてもつらくなるの。またこの思いをしなければならない。だから道連れよ」

 そばには亡骸が横たわっていた。

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