三ツ鬼

第171話「形部狸」

「隠居のババアは引っ込んでてよ!」

「およよ、われはこのような童であるぞ。それに隠居もしておらんし、お前さんに負ける気もせんわ」

「はん、一人じゃ戦えもしないくせに」

 玉菜前をちらと見やり、鈴鹿御前が鼻を鳴らす。数段高い位置にいる玉菜前は身の丈以上の弓を引き絞り、ひゅうっと風を切って鬼を撃ち抜いていった。千愛はにこりとしてそちらへ声をかける。

「愛しい玉菜前や、今日も惚れ惚れする腕前じゃのう」

「真面目に戦ってください!」

「怒られてしもうたわ、くくく。真剣な眼差しも愛いものよ」

 スパンと扇を広げひと振りした途端、すさまじい突風に鈴鹿御前が後ろへ押される。どうにか転ばずに体勢を立て直した目前へ木の葉が吹き荒れた。鋼のようなそれらが肌を裂いていく。

「確かにわれは大昔、人に騙され封じ込められた身ではあるがのう。未だにあちらでは慕ってくれる者達も多いのじゃよ。小娘や、あまり陰神の名を甘く見るでない」

「スサノオのすねかじりめ……!」

「はて? 死屍子の恩恵を自らの力と勘違いしておる馬鹿鬼が何やら言うておるな」

「何よ!?」

 周囲から泥が湧き出し形を成していく。それは鬼や土蜘蛛、髑髏されこうべだった。それらが固まりきった瞬間、キッと鈴鹿御前を睨みつける。

「われらが昼間から全力で暴れられるのは死屍子が祠を開け、現世に瘴気を撒いたからであろ? それを忘れ奴の首を取ろうなど、笑止。死屍子の首が落ちた時、われらは二度と日の目を見られんぞ」

「くッ、泥人形が……邪魔よ!」

 のこぎりで手足を削ぎ落とすが再び湧き上がり、襲いかかってくる。千愛が扇を振って舞うほどにそれらは数を増やした。

「伊達に数千年生きておらんでのう。多少弱り幼子の姿になったとて、鬼如きに遅れなど取らん。さ、われの子達や。手繋ぎ遊びをしよう」

「わぁい、やったー!」

「玉菜前さま、はやくはやくっ」

 千愛と玉菜前が向かい合って両手を繋ぎ、その周囲へ何重にも狸と狐が混ざり合って円を描く。互いの手を取り左右へと回り始めた。

『われらが母なる方々の、御力おおんちからを見せる時。踊れや踊れ、そらほいほい。歌えや歌え、あらよっと』

「何、どうしたのあれ」

「近くにいては危険デス、翠! カモン」

 ジャスが翠を抱き上げてリリィとともに木陰に飛び込む。円を作る彼らに爪を立てようとした鬼の一匹が跳ね返され、地面に転がる。

『われらは狐狸なり、化かすがサガよ。これより見せるは大化かし』

 爆発音のようなものが一斉に響き、辺りが白い煙に包まれた。

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