第170話「衝突」

「お前さんの直接結界は力が強い。それをぶつけてやることで結界の一部分に歪みを作るんじゃ。さすれば中に入れようぞ」

「分かりました」

 山の頂上へやってきた四人と千愛、玉菜前は注連縄の前に立っていた。千愛が飛びのけたのを確認して札を地面へ貼り、指を這わせる。途端に周囲へ湧き出した光は結界を生み出し注連縄を押す。すると薄青いもう一枚の膜が現れ、やや押し戻した。

「ひかり、頑張れーッ」

「負け、ない……」

 札を押える両手に光の輪郭をまとったものが重なる。ハッと顔を上げるとアマテラスが浮かんでいた。

『事情は読めませんが、ひかりのすることです。わたしも力を貸しましょう』

 威力が増してミシミシと音が鳴る。徐々に結界は広がっていき注連縄が荒ぶった。一つ亀裂が入った瞬間、つんざくような唸り声に顔を歪める。

「オオオオオオオオ──ッ」

「ハルの声、なの……?」

 亀裂が広がるほどに獣の声はひかりを蝕む。聞いているだけで心が参ってしまいそうだった。それへ追い打ちをかけるように背後で轟音が響く。手が緩んだ一瞬の隙に青の結界はヒビを修復した。

「ねえちょっと、やめてくれない? あたしだって暇じゃないんだからさァ。その綺麗な手足切り落としちゃおっかな」

 女の鬼が両刃のこぎりを振り回し、ジャスと翠の方へ距離を詰める。ナイフをかざしたジャスの背後へ回ったと思うと、大口で笑った。

「色男の首、もーらいッ」

「ほれ」

 のこぎりが扇一本で止められる。ジャスの首筋すれすれの刃をどかした千愛はその扇を広げ、花の咲き乱れる模様をかざして舞った。

「色は匂へど散りぬるを、我が世誰そ常ならむ」

 ぱしりと扇を閉じ、口元へ寄せてくくくと声を発した。

「久しいのう鈴鹿御前や。われの大嫌いなお前さんらの主は元気にしておるかえ?」

「ある馬鹿のせいでご機嫌ナナメ、あたしにまで怒鳴り散らされて最悪だわ。あいつはいつか絶対にぶっ殺してやる」

「そうか、そうか」

 再び振り下ろされたのこぎりを涼しげな顔で受け止め、くるりと刃を返していなす。そこへ玉菜前が矢を放った。

「われらがこの世のいろは、教えてやろう。生命に永遠など存在せぬとな!」

 化け狸達と妖狐らが飛び出し、草葉の陰に潜んでいた鬼や土蜘蛛へ襲いかかった。アマテラスがひかりを叱責する。

『あなたは目の前の障害を破ることに集中なさい!』

「はッ、はい!」

 妖怪達の争いが始まってしまった。

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