第154話「松」

「この木は常緑樹でございます。一年を通して葉を落とすことがないように見えるでしょう。しかし」

 足元に目を向ければ茶色の針が無数に散らばっている。ひかりが掃き集めたところだけ、山になっていた。

「実際は時期をずらしながら、こうして新しいものに移り変わってゆくもの。神聖な寺社へ松材を用いたり門松を用意するのは、この様が神に似ているからとも言われてございます」

「母から聞いたことがあります。御神木は常緑樹がほとんどで、それは枯れることがないからと」

「ええ。その様は神々──特に、アマテラス様と似ていらっしゃいます。その一方で我々が主とはあまり縁がないように思われます」

 ひかりにはその言い回しが理解できなかった。同じ神でありながら、アマテラスには似ていてスサノオとは遠い。どういうなぞなぞだろうと考える。

「神とは常に変わらず、何千何万という時を永遠に抜けていくものと……あなたはそう考えていらっしゃいますか」

「は、はい」

「ではもしも、天照大御神が松のような存在であったとするならばいかがでございましょう」

 ひかりは頭の中で話をもう一度繰り返した。松は一見すると変わらない姿に見えるが、実際は葉が入れ替わっている。アマテラスはそれに似ているのだという。

「……周りが気づいていないだけで、アマテラス様には代替わりが、ある?」

「続きは中でお話しましょうか」

「ま、待ってください。もう意味が分からなくて、頭が痛くなりそうなんです」

 何故そんな大切なことを今、アマテラスもハルもいない時にひかりへ答えさせたのだ。これを抱えるのに、一人ではあんまり重過ぎる。

「前来た時にはどうして、黙っていたんですか」

「……秘密にしていたのではございません。いらしたのでございます、全てを知りうるお方が。もしかするとあなた様がこちらへ連れ出されたのも、その方の思し召しかもしれません」

「そんな人がいるなら、なんで早く教えてくれなかったんですか。もしその人がいたなら、ハルはどこにも行かなくて済んだかもしれないのに!」

 社地はゆるゆると首を振り、その人物が来たのはつい先日のことだと告げた。その人は化け狸の力も借りず、根の国側から屋敷へ入ってきていたらしい。

「あのお方が全てを握っていらっしゃいます。此度の異変──いえ、変革と呼ぶできでありましょう。それらは全て一つの場所へ収束するのでございます」

「誰なんです、その人は!」

 社地の白濁した両目に見下ろされ、咄嗟に悲鳴を飲み込む。同じ言葉を繰り返したひかりに観念したのだろう、周囲を気にするように声を潜めた。

「アマテラス様でございます。ただし、次の世を治めになられる方の、でありますが。わたくしどもはその名を申し上げられません」

「どうして」

「……家族の命を守るため」

 苦い表情だった。この助言でさえも危ない橋のはずだ。ひかりは涙が溢れそうになるのを堪えて、社地に頭を下げる。

「ありがとうございます……っ」

 両手を握られる。その手は冷たかった。

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