第155話「表裏」

 縁側に座り込み、ぼんやりと庭を眺める。全てを知っているという誰かの影の正体が頭から離れないのだ。代替わりをしていくアマテラスという器があり、そこに選ばれる者がいる。ではひかりが幼い頃から慣れ親しんできたあのアマテラスは一体、誰だったのだろうか。

「記憶があるのは死屍子退治の数十年後、約千年前から……」

 傍らに置いた借り物の鉛筆とノートを広げ、左右のページにそれぞれ、アマテラスと死屍子という文字を書き入れる。アマテラスの下には天明家が仕え、ともに死屍子を封じる仕事をしている。一方、死屍子の上にはスサノオがおり、彼に仕える社地家によってあの世の管理がなされている。社地家は天明家の知らないあらゆる情報を握り、アマテラスと天明家には記憶も資料もない。

 ──相関図に項目が増えるごとに、確実なひらめきがあった。

「神様と、わたし達が連動した動きを取ってる……?」

 死屍子退治と管理の仕事だけならば、部下として似た内容になるのも頷ける。しかし記憶の程度などまで類似することがあるだろうか?

「社地さんは歴代の記憶の全てを抱えている……。でもわたし達にはそんなものないし、アマテラス様にも……まさか」

 アマテラスとは一見何も変わっていないかのように代替わりしていくものらしい。であれば当然、記憶も継承されていくはずだ。しかし今のアマテラスが持っているものは彼女自身が体験した千年間だけ。対する次代のアマテラスとやらは、全てを知り得ている。

「ひとつ飛ばしに記憶の継承がされてしまったんだとしたら……その人は今までの死屍子退治を、記憶として見られる。結果に不満があったなら」

 それを変えようと動いても不思議ではない。その人はアマテラスであり、まだその地位にはいないのだから。これほど自由に行動のできる神はそういないだろう。

「死屍子退治を永遠になくすって、お母さんが言ってたことじゃない……!」

 神と眷族は全てが表裏一体なのだ。アマテラスとは巫女の性格も持つ女神、いくら優秀でも男である光明が座れる位置ではない。

「天明の子が、アマテラスなんだ」

 本来はあかりが天明の子として現世の使命を果たし、次代のアマテラスになって高天原に行くはずだった。しかし手違いですでに何万年という記憶を見た彼女にとって、黙殺できない何かがあるのだ。それは死屍子退治に関わることであり、二度とその事態が起こらないように母は消えた。

「何を、知ったの。お母さん……あなたの目に何が見えたの」

 それは子供達を捨てて死屍子に味方してまで、変えるべきことだったのか? この国は死屍子を退治することで今まで続いてきたというのに、それでは不満だったのか。

「ひかり様」

 声をかけられ我に返ると、じっとりと背中に汗が滲んで気持ち悪かった。社地は一礼して客だと伝える。

「お兄様がおいででございます」

「ひかりッ、お前、無事だったのか!」

 駆け寄ってきた光明の胸に飛び込み、泣き声をあげた。ギョッと顔色を変えた兄は社地を睨みつける。

「ウチの妹に何しやがったんだ、クソ野郎」

「わたくしどもは何も……」

 社地はあらぬ疑いをかけられ困惑した。

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