第153話「人の子ら」

 裏庭を掃いているおとめの姿を見て、ひかりは靴を履き近づいていった。白砂利の敷き詰められた表とは違い、こちらは土に苔がむしている。

「おとめさん、私がやりますよ」

「あら、ほんまに。ほなおたのもうしますなぁ」

 竹箒を優しく流すように動かして、地面へ散った松の葉を集めていく。遠くで年下の兄弟達の笑い声がした。きっとめんこかおはじきで遊んでいるのだ。シシオドシがかこん、と規則的な音を立てる。

「通りゃんせ、通りゃんせ。ここはどこの細道じゃ」

 ゆったりとしたリズムに合わせ、童歌を口ずさむ。


通りゃんせ 通りゃんせ

ここはどこの 細道じゃ

天神様の 細道じゃ

ちっと通して くだしゃんせ

御用のないもの 通しゃせぬ

この子の七つの お祝いに

御札を納めに 参ります


「行きはよいよい」

「帰りはこわい」

「ひッ!?」

 耳元で響く低い声にバッと振り向くと、社地が竹箒を手で止めてにこりとした。

「こわいながらも、通りゃんせ、通りゃんせ」

 最後の一節を歌いきり、何故これをと聞いてくる。ひかりは辺りを見渡した。

「母がよく境内の松の下で歌ってくれたんです。この場所を見ていたら思い出してしまって」

「なるほど。ですがでそれを歌うのは好ましくないでしょう」

 黒の着物で口元を隠し、社地が静かに笑う。あまりに音一つ立てないのにゾッとしたが、社地が話し出してしまった。

「七つのお祝いというのは人の子にとって特別なものでございます。それまでの子供は清らかで神に近い……つまり、現世に足がついていない存在なのであります」

「えと、それは」

「現世に足がつかない、ということはその魂は一体、どちらへあるのでしょうね? 天か黄泉ここか」

 全身から血の気が引いた。顔色の変わったひかりを嘲るようにまた無音で笑った社地は、ご安心くださいませと言葉を続けた。

「この歌の意味としては、そう物騒なものではございませんので。行きがよいのはまだ神に近い子であるために、亡くなっても魂が清らかな場へ還ったのだと考えるから。そして御札を納め、人の子として現世へ降りた帰りこそ、これからの人生が恐ろしくなるのでございます」

「神の御加護がなくなるから、ですか」

「それもありますが、一番は憎悪や穢れでございましょう。そのようなものに囚われた姿が妖怪となるのでございます。幼子でも霊として現れることはございますが、まず悪さをする子はおりませんから」

「人間はやっぱり、どこか汚いところがあるんでしょうか」

 社地は頷いた。

「何かを恨み、排斥し、自身のための行動を取る。皆一様に美しさなどないからこそ、人の子はかわいらしいのでございます。例えその人達が世を照らす導きであったとしても」

「……天明一族があなた方にした失礼なことの全てを、わたしに謝らせてください。頭を下げただけで許されることではないでしょうが……本当にすみません」

 いやに静かだと顔を上げると、社地は松の枝先を見つめていた。

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