第152話「家族」

「また古本読んでるの。それ、読みずらくない?」

 次女が通りかかって隣へ座る。ひかりは実家でこういった古典の類を読むことには慣らされている。あかりが教えてくれたことだった。社地家の者達と術の稽古をする時間以外はこうして、書庫にこもって本を読み耽っていた。

「これは何の話?」

「天明伝絵巻物以外の、死屍子に関するお話です。ですがこれは少し、物語としての脚色が多い気がしますね……」

「ひかりちゃんってすごいんだねえ」

「中高で成績がよかったのは古典だけですよ」

 次女はふーんと古書を覗き込み、ぽつりと打ち明けた。

「私、学校とか行ったことないんだよね。楽しい?」

「はい。……あの、ごめんなさい」

「別に気にしてないから謝らなくていいよ。私はこの家に生まれたことに、後悔はないし」

 次女はくすくすと笑ってひかりの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「私達は日の下を満足に歩けないような身体だし、生まれながらに半分は死んでるけどさ。親はすっごく仲がよくて、兄弟も多いから毎日騒がしくて、家にいても退屈しないの。んー、まあたまに一日中外で遊んでみたいなとか、そりゃあ思うよ。でもそういうのは家族みんながいいなって」

「家族、みんな」

「あ……ごめんね、こんなこと」

 ひかりは首を振る。

「父は小さい頃に事故で亡くなって、母は突然家を出ていきました。兄には……恨まれてて。家を出る時にお前は俺の妹じゃない、家族と思うなって」

 家族が揃って仲の良かった時期なんて、どれほどあっただろう。ひかりの周りからは一人ずつ減っていった。それでもまた、母を連れ戻してあの家に帰れば、兄は自分を許してくれるのか。

「そのお兄さんはどうしてそんなに、天明の子になりたかったの?」

「それは、誇り高いことだからです。わたし達は仕える主のために命をかけて死屍子に立ち向かうことが使命ですから」

「役目が自分のものじゃなかったら、お前は家族じゃない、か。うーん……ちょっと極端過ぎない?」

「兄はアマテラス様のことを敬愛していましたので、力になれればと毎日鍛錬を積んでいた人です。それなのに半端で泣き虫なわたしが選ばれたのですから、恨むのも当然ですよ」

 次女はしばらく考え込んでいた。何かぶつぶつと唱えていたようだが、ひかりは古書へ目を落とす。うんうんと唸る次女がぼそりと言った。

「そんなに嫌いな妹の部屋を掃除して、いつでも帰ってこられる用意なんてするかなぁ」

「……え?」

「だってそうじゃない。もう家族じゃないなら、部屋をわざわざ残しておかないで片づけちゃうでしょ。必要なものだけダンボールに詰めて、帰ってきた時に押しつければよくない?」

 次女がにやりとする。

「私、お兄さんの本音、聞きたくなってきた」

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