第147話「敵」

「どうにか昨日の情報をもとにやってはみましたけど、なかなか難しい。俺の力を駆使したきゃもう少し的確な情報がないとね」

『そうですか。お手数おかけしました』

 空からアマテラスの声が降ってくる。一夜を神社で明かして、夜な夜な儀式を行った結果がこれだった。失せ物の特徴が固まりきらない状態では光明の技も意味をなさない。

「そもそも連れ去った奴の話を聞く限り、現世に留まってると考える方が不自然ですし。異界の住人に聞いた方が早い」

「また社地のとこに行く?」

「げッ、まさかお前ら会ったのか」

「そうだよ。何か文句あるの」

 言葉ではないと答えた光明だが、明らかに三人から距離を置いた。ひかりは社地の言っていたことを思い出し、光明に投げかける。

「社地さんは、自分達が天明から記憶を奪ったと。穢れを押しつけた報いなんだって言ってたの」

「だから何だよ」

「わたし達と社地家は一度、話し合うべきなんじゃないかなって……。天明家には足りないものが多過ぎるよ、死屍子退治の記憶や家のルーツ、アマテラス様のことだって知らないでしょ」

「じゃあお前が言いたいのはこうか、今さら社地の奴らに頭下げて、ご教授願いますとでも? 考えが甘いんだよお前は」

「ハルにも理想って言われた。……でも、ハルはもう殺さないとも約束してくれて」

「そいつは母さんを奪った奴、俺達にとっての敵じゃねえのか!? 確かにその妖怪は強くてお前を必死こいて護ってくれるらしいが、所詮は人の血肉を啜るバケモンだ。例え殺さなくてもその本質は同じ。お前は飢えた猛獣を飼い慣らせると思うか?」

「ハルは猛獣なんかじゃ……!」

「お前は自分が喰われてから、あの世でも同じこと言えんのかよ。俺達は死んだら終わりなんだぞ!」

「う……」

 ひかりが膝の上で拳を握る。また脳裏に臓物を喰らい骨をしゃぶる姿が浮かんできた。光明はため息をつく。

「お前の人生はもうお前のものじゃねえ。この国背負しょってんだ、一匹の妖怪如きにこだわってられる状況じゃない。分かってるだろ?」

「わたしがいつ天明の子になりたいなんて言ったの。一度でもそんなこと、思ったりしなかったよ! お母さんによく似てるからって、いっつも変な期待されて……。強くて何でもできたお兄ちゃんには分かんないよ!」

「ざっけんなアホガキ、じゃあその場所寄越せ」

『よしなさい。もうひかりに決められてしまったのです、今から天命は変えられません』

 鶴の一声で二人は動きを止めて座布団に戻る。光明が低い声で問いかけた。

「天明の子が選ばれる基準って何なんですか」

『アマテラスに相応しい者、としか聞いていません』

「チィッ、つまりカミサマのご機嫌取りがうまい奴ってわけですか。ひかりは愛嬌だけは一人前だもんなぁ?」

「また拗ねてるし」

「引っ込んでろよガキが」

 畳に寝そべった光明が大きなため息とともに、付箋をくしゃくしゃと丸めてゴミ箱へ投げた。跳ね返ってきたそれをひかりが拾い、広げる。

「……ハル」

「いいかひかり。俺の前でもう二度とそいつの名前を出すんじゃねえ、本当に追い出すぞ」

 頬に一筋、伝った。

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