第146話「負い目か」
ひかりは久々に巫女服へ着替え、参道の掃き掃除をする。ジャスと翠は神社の裏手を任されていた。数ヶ月ぶりの懐かしさに胸の奥がツンとする。
「ひかり、手ェ止まってる」
「ごめんなさいっ」
光明の指摘に慌てて手を動かすと竹箒の柄を押さえられた。
「もっとしっかり念込めろ、一掃きごとに。これはただの掃除じゃねえんだ、神域を清めてんだからさ」
「うん……」
ひかりに母の代わりとしての神託が下ろされてから、光明の態度は冷たかった。こんな未熟者に大仕事を任せるとは、と常に愚痴を漏らし、何度もアマテラスへ抗議していた。今ではその怒りも溜飲を下げたのか、接し方は柔らかくなっていた。
「アマテラス様に迷惑かけてないか、お前」
「わたしは術さえまともに扱えないから、昼間は神降ろしという名目で守られてるんだ。夜はハルが寝ずの番をしてくれて」
「ほんと変わらねえな、昔っからお姫サマ扱いだ。ジジイとババア、親戚一同、それからアマテラス様」
あかりが二人の前から立ち去った八年前、光明は中学二年だった。まだ小学校の中学年だったひかりは何日も泣きじゃくり、疲れて眠っていたのを覚えている。
「臆病なお前を守ってやんのは俺の役目だった、でもそれは昔の話。俺はしがない宮司でお前はこの国に起こる大事件の中心地だ」
「わたしを、恨んでる?」
「どっちかと言えば、ひかりを選んだ神々をな。お前は上の決定に巻き込まれただけだし、恨み言を吐いてもどうしようもないだろ」
「でも」
「分かってるよ。もう二度と帰ってくんなって言ったことは、本当に悪いと思ってる」
汚れた玉砂利を新しいものへ敷き直しながら、光明が背を向ける。汗で張りついた襟足を払い、言葉を続けた。
「お前らが捜してる妖怪ってのは、そんなに大切か」
「ハルは、わたしと姉妹なの」
「は? 妖怪とお前って、もしかして母さん」
「血の繋がりはないよ。わたし達のところからいなくなってしまってすぐ、拾った子なんだって」
ハルの身の上話をしてやると、光明の表情はどんどん険しくなった。麻袋を握る手に力が入り、歯ぎしりをする。
「んだよそれ、ざっけんな。それで子供捨てた後ろめたさを紛らわせようとでも思ったのか。そいつもそいつで、捨てられた奴のそばに平然といるなんて」
「それは仕方ないでしょ。無理やりアマテラス様の使いにされて、わたしを守るように指示されたんだもの」
雲が流れていく空を見上げる。初めて顔を合わせた時の目前に広がった二つの赤を思い出した。薄暗い中でも鮮やかに輝く双眸は今でもはっきりと脳裏に描ける。
「きっとハルも申し訳なく思ってるから、情けをかけてわたしを守ってくれてたんじゃないのかな。もし、嫌になって逃げたなら、それでもいいの」
だったら妖樹の下でぶつけられた強い否定の言葉は、一体何だったんだろう。
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