帰郷
第141話「オレンジジュース」
梅雨も明け、からりとした天気が続く頃、ようやく四人は旧都から旅立つことになった。再び襲ってくるのではという人々の不信感から、アマテラスを手放してくれなかったのだ。あまりに遅くなった出立に、翠が爪を噛んでいた。
「ハルも帰ってこないし……何なのもう! 本当にハルのこと、助ける気あんの」
「わたしの使命は人々の不安を消し去り守ること。本来の目的を見失っていては、ハルだって身を呈してきた意味がなくなるでしょう」
「でも、こんなに時間が経っても手がかりがないんだよ。確かすっごいボロボロにされたって話じゃん、どうなってるのか……」
「貴方は暑さで気が滅入っているだけデスよ。オレンジジュースでも飲みナサイ」
コップへ注がれたわずかなものを少し口に含み、翠は頬を膨らませる。全国の混乱で嗜好品などはほとんど出回らず、これもあの日ハルが持ってきたダンボールにあった最後の一杯だ。
「ああもう、あっついなぁ。髪が張りついてベタベタする」
「だったら切りなよー、もしくは結んじゃえば?」
「じゃあハルのヘアゴムがいい。アマテラス、まだ持ってんでしょ」
「はぁ、好きになさい」
放り出されたゴムを掴み取り、後ろで一つにまとめる。茶髪がぴょんと跳ねて首元に風が通った。
「あ、いいねこれ。風が気持ちいい」
「うんうん、ちょっとは男の子らしくなったんじゃないのー? ──あれ」
マチネがパソコンのエンターキーを押した時、顔色を変えた。前のめりになって画面を食い入るように見つめ、キーボードを鳴らす。
「嘘でしょ、電源落ちちゃった! データの集計取れるまではギリ耐えれると思ったのにー、マジでどうしよう」
「替えのバッテリーなどはないのデスか?」
「今使ってたので最後。うーん、どうしよう……」
「大学に戻ってはいかがですか」
アマテラスが木陰に入り、マチネの隣に座る。
「あなたの探究心には感服しますが、故郷に残してきた人がいるのではありませんか。物事に集中して忘れようとしていることが、あるでしょう」
「……えへへ、分かっちゃうかあ」
パソコンを閉じ、トートバッグを撫でた。マチネはぽつりと話し出す。
「ウチには相棒がいるの。でもそいつは妖怪に操られて、研究室の仲間を皆殺したんだ。ウチももうダメだと思った。……怖いの、会うのが」
「今どうなっているか、知っているのですか」
「ネットで少しねー。精神病院にいるって聞いてる」
「だったら、会いに行きましょう」
アマテラスが優しくマチネの手を取った。マチネは首を振り腕を引っ込める。
「先にハルのこと捜さなきゃ」
「大丈夫、あの子は生きています。首輪は一人でに主の手を引かないでしょう?」
その言葉にマチネだけでなく、ジャスと翠の表情が変わった。アマテラスはしっかりと頷き、マチネを抱き寄せる。
「きっとハルも、そうしろと言いますよ。彼女はあれで結構、人想いですしね」
「……うんっ、ありがとう」
「ほら、ぼく口つけちゃったけどやるよ」
翠の突き出したコップを一気にあおり、マチネがニッと笑ってみせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます