第140話「欠け落ちた」

 妖怪が去った、危機を脱したとはしゃぐ人々の隣で、アマテラス達は青ざめていた。ひどく傷ついたハルと、彼女を連れ去った男。話しているうちに泣き出してしまったマチネをなだめつつも、アマテラスの心は上の空だった。

「その男はどこへ行ったのでしょう。暗闇の中、とは一体」

「ハルを助けなきゃ」

「場所が分からないことには、どうにも」

 手当を受けていたジャスが頭に包帯を巻かれて戻ってきて、アマテラスに黒いパーカーだったものを渡した。あちこち裂けたところとこびりついた血の匂いから、争いの激しさが窺えた。

「彼女が置いていったのはそのパーカーと、ポケットにあったこれだけデス」

 黒のシンプルなヘアゴムだった。アマテラスが手に取った時、指先に微かな違和感を覚える。

「これ……」

「貴女も分かりマスか」

「ええ、記憶を書き換える術がかかっているようですね。いつから髪を束ね始めたのかは知りませんが、おそらくはあかりでしょう」

「それってハルのお母さんだっけ。何か隠したい記憶があったんだろうけど」

「ハルは以前、記憶そのものが濁っていると話していました。多少自覚があったということは、術が外れかけていたのでは?」

 手元にあるゴムはまだ新しい。今、ハルが使っている方にも同じ術がかけられているとするなら、記憶が戻り始めたのは古くなったせいだろう。

「その封じ込められた記憶の中に、あかりを捜す手がかりがあるかもしれないですね」

「って、だからどーやってハルを見つけるのさ?」

「失せ物探しの得意な者を知っています。そのためには一度、帰らねばなりませんね。旧都の復興がある程度進んだらすぐに出立します」

 マチネが追いすがってさらに問いかける。アマテラスは胸に手を当てた。

「天明一族の現宮司、ひかりの兄である人間です。名を光明といい、皇大にある天明一族の神社にいます。ですが、少々困ったことがありまして」

「なになにー?」

「……光明は優秀です。ですが天照大御神わたしの器として、高天原の神々が選んだのはひかりでした」

 胸の奥がキリキリと痛む。ひかりが今にもアマテラスを押しのけて表へ出てきて、行きたくないと叫び出しそうな気配だった。

「ひかりが怯えているのです。兄に報復を受けないかと」

「何それ、ただの逆恨みじゃんか」

 翠がアマテラスの手を取り、その目の奥を見据える。そして満面の笑みを浮かべた。

「何か言われたらそいつのこと、ボコしてやるから! 自分勝手な奴、ぼく嫌いなんだよね」

「君も大概だよー」

「レディーを傷つける男は許せマセンね」

 きゃあきゃあと騒ぎ始めた三人を見て、ひかりは少し落ち着いたのだろう。和らいだ痛みにスッと息をして、パチンと手を合わせた。

「では先に手伝いをしてしまわないと。早くハルを見つけ出しますよ」

 マチネと翠が駆け出すのをジャスが追う。何故ハルがいないのだろうと、アマテラスは漠然と感じていた。

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