第142話「相棒」

「ね、ほんとにいいの?」

 天明都の精神病院の前で、翠の問いかけにマチネは頷く。ここから先は一人で行くと言い、三人に頭を下げたのだ。アマテラスが微妙な表情を見せる。

「まだ呪術が解けていなかったら危ないですよ。今まで大人しかったのは演技の可能性も」

「ウチ、けいちんとは二人きりで話さなきゃいけないことがあるから」

「ではせめて、解術のアロマを持っていってクダサイ。ワタシ達も心配しているのデス、その気持ちをどうか分かって」

 ジャスがポケットへ瓶を滑り込ませる。

「じゃあありがたく貰うね。三人は先に皇大神宮に向かってよ、後から連絡するー」

 三人を見送り、意を決して受付に向かう。奎介の名を出すとすぐさまあの事件の生存者だと知られ、仰々しく迎え入れられた。そして一人部屋らしい扉の前に立った時、拍動が早まるのを感じる。

「けいちん、マチネだよ。……入るね」

 彼はベッドに横たわっていた。近くの椅子に腰かけるとかしゃんという音が耳に入る。奎介の手首に繋がる鎖を見て、マチネは一度目をつむった。

「マチネ」

 しわがれた声だが、確かに奎介のものだ。目元が熱くなるのを堪えながらマチネは努めて笑いかけた。

「来るのが遅くなってごめんねー。アマテラス様についていってたんだけど、すごくいいデータが取れたんだよ。今度ゆっくり仮説立てて、検証しようね。それから」

「マチネ」

 奎介は泣いていた。身体は微動だにせず、しかし途絶えないままに涙が溢れている。嗚咽を漏らすこともしゃくり上げる仕草もなく、虚ろな顔が濡れていた。

「何度も訴えた。自分が殺したと」

「……っ、けいちん」

「だがまともに聞いてくれなかった。妖怪に操られていたのだから、それはお前がやったことにはならないんだ。妖怪が悪いんだ、と」

 初めて見る口数の多い彼の姿にしては、あまりにむごい懺悔だった。

「大地が恋しい」

「どうして」

「自分も先生と同じように」

 脳裏にあの時の誠がよぎる。すぐにそれは霞んでいき暗闇となった。

「殺してくれ」

「……そのつもりで、来たから」

 隠し持っていたジャスのナイフを取り出す。横になっている奎介の頸動脈に当てると、冷や汗が噴き出した。

「妖怪研究科の約束だもんね。けいちんを殺して、ウチもすぐ一緒に行ってあげる。ウチだって悪いんだ、あの日から逃げようとしたんだから」

 奎介は紫の瞳でマチネを見つめ、フッと力を抜いた。ぐったりとしたように首を傾け、自ら刃に肌を押しつける。引きつった口角が嫌な笑い方をしていた。マチネはその表情のまま、奎介へ囁きかけた。

「ウチね、あの世のすぐそばまで行ったんだよ。ちょっと息苦しいし時間も分からないけど、静かでいいとこだった」

「そうか」

「そうだよ。その奥が本当に静かかどうかは知らないけど、ね。一緒なら怖くないでしょ?」

「ああ」

「ウチが第二の人生を歩き始めた時から、けいちんはウチの相棒だもんね……?」

「そうだ」

 マチネの鼓動はこんなにも早まっているというのに、画面に映された奎介の心拍数は驚くほど穏やかだった。

「じゃ、行こっか」

 震える手を押さえつけ、ゆっくりとナイフを引いた。

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