骨肉の刻むもの

第121話「全てに通ずる道」

 門扉の先には以前と同じく黒々とした世界が広がっていた。やや身を引いているひかりや翠の横をすり抜け、片足を踏み入れる。

「何卒よろしくお願い致します。道案内はあちらの化け狸がしてくれると思いますので」

「分かった」

 ぬるりとした空気だ。前に感じた別の場所というのがここだったのだと確信する。身体までそこへ滑り込ませて、ひかりへ手を伸ばした。

「ほら、危険じゃないからおいで」

「暗闇は怖いです……」

「大丈夫だよ。不安ならこないだの御札、出しておいたらいいと思うし」

「は、はい」

 薄く光を帯びた札を握りしめ、ハルの手を取って歩き出す。翠とマチネもジャスの燕尾服を引っ張りながら後に続き、門扉は背後で軋みながら閉じた。

「ようこそ、いてはった。うちが案内役のあられ、いうもんです」

 化け狸と言っていたのだから納得はできるが、その姿はベリーショートの人間の女性だった。あられはスタスタと歩き出して、ひかりへ笑いかける。

「いやあ、どないなかわいい人が来るか思たら、すごい美人さんやんけ。流石、妹様が太鼓判押しただけのことはある」

「あ、えっと……ありがとうございます」

「そっちの妖怪さんもむくれんといてや、あんたも充分素敵やで」

 ハルは褒めてほしくてむっとしたのではないのだが。やけに口の回る狸だと思いつつ、これがどこかで聞き覚えのある言い回しであることも感じていた。

「ねえあられ、妹様って誰?」

「社地さんのとこにおとめっていう人がおったやろ。うちはその人のおにいに仕えてんねん、ちっちゃい頃から面倒見たってんよ」

「じゃあおとめちんって嫁いできたんだねー。化け狸がいるお家ってことは、そこも不思議な力とか使えるの?」

「うちのご主人様は古い都じゃ有名な式神使いなんやで。妖道を全てに通じさせたのはご主人様の家や」

「何かすごいんだな」

 あられがむんと胸を張る。鼻高々になり本当に嬉しそうで、弾けるような笑顔だった。

「天明・社地と並び立つもう一つの流派なんや。上品で誇り高う、何より妖怪を惹きつける特別なものがある。うちはご主人様のこと、めっちゃ好きやで」

「ねえねえ、あられちん。もしかしてその流派ってさー、陰陽道?」

「ぴーんぽーん!」

 ハルの脳裏でバツンと何かが弾けた。これは自分の記憶だと漠然と感じたのだが、別の力がそれを押さえ込むようにして見せてくれない。ジリジリと焦げていく頭を抱えて立ち止まる。

「……ハル? どうしたんですか」

「何でもない」

「ならいいんですけど」

 再び歩き出したハルにあられが近づく。ハルの持つ異常なほどの聴覚が彼女の囁きを聞き取った。

「早う思い出してくれな」

「何……?」

「さ、着いたで」

 道の終わりが見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る