第120話「底から」

「今日の空はまた随分と、ご機嫌ななめだねー」

 黄泉比良坂には天候というものがないらしく、空は常に暗い。そのため屋敷は常時明かりが灯される。人が出入りする一瞬だけ、白く穴が開けられるのだが、今日はより黒が濃かった。

「一段と死者多おして、あてらも処理に困ってるとこなんどすえ。主様もお仕事増えて休む暇もあらへんみたいで」

「どっかで殺人鬼でも暴れてんのかな。ジャスはちゃんとぼくのこと守ってよね」

「ワタシはいつから貴方のナイトになったんでショウか。見捨てはしませんケド、貴方も少しは戦ってクダサイね」

『オオオオオ……』

 腹に響くような重低音の声が屋敷全体を揺らした。おとめがすかさず、主様が社地を呼ぶ声だと教えてくれる。社地がすぐに下駄を鳴らして現れ、門扉を押し開けて飛び降りていった。

「ためらいがないな」

「そらあなんべんも行ってますさかいね。さ、お昼ご飯は豚バラ大根どす。ハルはんもこっちにいらして召し上がれ」

 ハルが心配するほどのこともなく、社地はすぐに戻ってきた。翠が麦茶のグラスを干して振り返る。

「社地さんの分もう食べちゃったからね!」

「お構いなく。それより皆様、折り入ってお願いがあるのでございますが……聞いていただけないでしょうか」

 かしこまった様子にただならぬ気配を感じ、ひかりがきゅうと拳を握った。ハルはいくつか予想を立てつつ、社地の言葉を待つ。

「ここより南方へ下った街に妖怪が多数出現し、男手を殺して回っているそうです。女子供には一切関心を示さず、淡々と男だけを」

「変な奴らだな、私なら肉が柔らかくて甘くて美味い方に手が出るけど」

「死屍子かお母さんの指示かもしれません」

「わたくしどもが向かうと主様には申し上げたのですが、その……邪魔者をさっさと追い出せとのことでして」

「フフ、確かに長居し過ぎマシタね」

「そこに行って元凶を叩き潰せばいいんだな。……もちろん殺さないように。ひかりはどう思う」

「許せません。止めなければ」

 五人が快く頷いたのに心底安堵したようで、社地は表情を柔らかくした。出立の支度を始めた屋敷の中で、ハルに社地が近づいてきた。

「おそらく死屍子はその街近くにある天岩戸あまのいわとに何か用があるのでございましょう。そこならばアマテラス様の記憶にまつわるものがあるかもしれません」

「ありがとう。スサノオ様にも伝えておいてくれ」

「承知致しました」

「それから」

 ハルがにやりとして、社地の肩を軽く小突いた。唖然とする彼の耳元に口を近づける。

「次会う時までには名前、思い出していてくれよ」

「分かったよ」

 ややぶっきらぼうな口調に頷いて、ハルはすでに四人の待つ玄関へ走っていった。

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