第116話「ごめんなさい」
むすっとした顔になるハルを宥めながら、ジャスとリリィが笑い合う。ジャスはリリィの財閥では幹部の立場だ。そうなると表面上、仕事もあり今までは影武者を使っていたのだが、今回の書類はそうもいかなかったのだという。だからと言って、間の悪い時に現れたものだ。
「フフ、そんなに見つめて……気に入りマシタか?」
「ん、ああ……どちらかと言うと教授がな」
リリィが首を傾げた。ジャスが簡単に説明してやると、ぐんと顔を近づけてくる。
「妖怪研究科の仁科誠デスね!? その記憶、どこまであるのか気になりマース!」
「そんな大したものは覚えてないんだけど……ん?」
左肩に流した桃色の真っ直ぐな長髪を触れ、顔を埋めた。リリィは大笑いして強く抱き締めてくる。慌てて花を横に持ち直して、もう一度匂いを嗅いだ。
「ハル、セクハラっていうんデスよ?」
「いつもはいい匂いがするのに、今日は違う」
リリィは顔色を変え、バッとハルを押し飛ばした。きょとんとするハルからさらに距離を取り、リリィが青ざめる。
「It's absurd!」
「何だって? 怒ってるのか、悪いこと言ったならごめん。リリィ待ってくれ、どこ行くんだ!」
「シスター」
ジャスも珍しくうろたえているようで、逃げ帰ろうとしたリリィの腕を引く。それから肩を抱き寄せ、頭を優しく押さえた。
「落ち着いて。大丈夫」
「……OK」
胸に手を当てて息を吸い込み、ぎこちない笑みを浮かべた。
「リリィ、ちょっとびっくりしちゃいマシタ。サキュバスのフェロモンが漏れたのかと思ってネ。いつもはパフュームで隠してたカラ」
「わざわざ隠す必要があるのか? ……まあリリィは美人だから、男が寄って来過ぎるのかな。本当にごめん、そうじゃないんだ」
ハルは申し訳なくなり頭をかく。リリィはまだ少し怯えているようだった。
「身体は大丈夫、いつもの匂いだから。でも髪がさ、なんて言うのかな……クスリみたいな、人工物の匂いがする」
「それは、あのデスね」
「シスターはここへ来る前に工場の視察をしていたのデスよ。その際に宙へ舞っていた薬品の粉がついたのでショウ。スーツは粉が目立つノデ着替えたと言ってマシタからね」
「そういうことか。せくはら、とかいうの、して悪かった」
「え、ええ。大丈夫デース」
張りついた笑顔に垂れる冷や汗を見逃さなかった。触れてはいけないところだったのだと胸に刻む。蜂蜜色の両目がうっすらと潤んでいた。
「お風呂に入ってくるノデ、リリィはここで失礼しマース。ジャス、またネ」
「ええ、シスター」
足早に立ち去った後ろ姿を眺める。背中に痛いほどの殺気を帯びた視線を突き刺されながら、ハルは百合を胸に抱いた。
「ごめん」
「本当に、頼みますよハル」
「……アンタ」
聞きたいことはぐっと飲み下し、冷たい空色の両目を受け止めた。
「ごめんなさい」
「次から気をつけてクダサイね」
ジャスが町外れへ向かって歩き出した。
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