第117話「結界術」

「ただいま、って……うおッ」

 社地の屋敷へ戻った瞬間に飛んできた砂利を両手で叩き落とし、見事にひっくり返っているひかりへ駆け寄る。正面にはマチネと近い年頃の女性が立ち、のんきに笑っていた。ハルの方は気が気でない。

「何された、怪我は!」

「だ、大丈夫ですってば……そんなに怖い顔しなくても」

 身体を起こしてやると、その手に札が握られていることに気づいた。女性の手にも同じものがあり、縁側でそれを眺めている社地に呼びかけようとする。

「その子はわたくしの次女でございます。ひかり様が結界術を使いたいとおっしゃられたので、少々手ほどきを」

「もしかして、こちらの方々は皆サン」

「ええ。社地家はわたくしども夫婦と八男六女の一族となっております」

「フフ、随分と頑張られたようデスね。インキュバスの才能ありマスよ貴方、是非仲間になってほしいものデス」

「お断りさせていただきます」

 雑談を交わす二人を横目に、ひかりの様子を見守る。次女が札を砂利の上に置いて指先でなぞり、何やら力を込めた様子だった。その瞬間に足元へ円形の文様が現れた。黒の線で描かれたそれは波を立て渦を起こした海のようだった。

「コツは指先に意識を集中させ、自分ちの家紋をよく思い描くこと。そして、私達ならば海であるように、自身の仕える神の象徴を呼び出すイメージをすることよ」

「えっと、太陽ですね……」

 札を両手でそっと置き、眉を寄せながら指先を縦に滑らせた。ぼんやりと白い模様が浮かび上がってきたと思った瞬間、バツンと音を立てて弾け飛び、砂利が撒き散らされる。

「これのせいか」

 同じ動きで砂利を払い、泣き出しそうなひかりに近づく。背中をさすってやりながらしばらく、どう言葉をかけようか迷う。

「んー……なんでいきなり、練習なんて始めたんだ?」

「だって、守られてるだけじゃ嫌なんです。ハルは確かに強くてすごいけど、その力は少し強過ぎます」

「だから約束しただろ」

「傷はつけるって言ったじゃないですか!」

「流石に敵を傷つけずにひかりを守りきる自信はないぞ……」

「だから、わたしは自分で自分を守ることにしたんです。いつかきっと、ハルに守られなくてもいいようになってみせます」

 今の状態を鑑みるに、その頃には死屍子退治も終わっていそうだが。しかしそんなことを言えば怒るのは明らかだ。微妙な笑みを見せるハルに対して、ひかりはやる気を見せている。

「実家でも未熟者と呆れられてましたけど、基礎くらいならできるようにしますから! もう一度やるので離れていてくださいね、ハル」

「……うん」

 ハルは黙って縁側に座り、稽古を見つめていた。

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