第115話「百合の花」

 屋敷に戻るため社地が道を開こうとするのを、ハルは止めた。ジャスを捜しに行かなければいけないと思い立ったのだ。

「怪我してるのをひかりにも見られたくないし、ちゃんと治りきってから帰るよ。狸を捕まえればいいんだったな」

「ここに一人、禰宜を待機させましょう。その者に話しかけていただければと」

「分かった、ありがとう」

 フッと視界から社地らの姿が消えて、ハルは踵を返す。街の中心での騒ぎにジャスはいなかった。外側をぐるりと回るように軽く走る。彼はいつも花のような香りをまとっていた。

「これだ……」

 花屋の前で立ち止まり、ひとつの花に顔を寄せる。パーカーの正面は閉めてあるが、やや血の匂いが混ざっていた。

「そのお花、綺麗ですよね!」

「え、ああ……そうだな」

 エプロンをつけたひかりほどの女性が隣にやってきて、花の活けられたバケツを下ろす。店員らしい。彼女はハルが手にしていたのと同じ、花びらに厚みのある白いものを一本抜き取った。

「この花は寂しがり屋さんなんです。ほら、ひとつにいくつも花がついているでしょう。そして花びらは傷つきやすくて痛みやすい、繊細な子です。どうしてこの花を?」

「この匂いがいつも知り合いからするから、なんだろうと思ってさ」

「これは百合ですね。百合の香水だなんて、そのお知り合いはオシャレ好きなんですか」

「確かに身なりは綺麗だな」

 真っ白で大ぶりな花びらと、ややうつむいた感じがひかりに似ている、と思った。すんと鼻を鳴らした途端に強い香りが脳を焼いた。

 ──海の底から、金髪の妖怪の記憶が呼び起こされる。

「なんだ……?」

 今のは確実に誠の記憶だ。何故この妖怪を今思い出したのかは分からない。誠が百合という花に外国の妖怪を重ねたことは推察できた。

「よかったら一輪いかがですか」

「アンタは商売が上手いらしい。だけど残念ながら私はお金を持ってないんだ、また今度な」

「フフ、ワタシが買いまショウ」

 後ろから手が伸びてきて、ハルの持っていたのを抜き取った。聞き覚えのある声に振り向くと、桃色の髪が視界の左右で揺れる。

「ジャス、と……リリィまで!」

「お久しぶりデース! ソレに目をつけるとはお目が高いデスね、リリィは嬉しいデース」

 ジャスが紙に包まれた百合を手渡す。リボンをかけられたそれは慎ましく胸に収まった。

「なんで綺麗に?」

「かわいくした方がひかりサンらしいでショウ」

 バッと手が出たのを冷静に避けられ、ハルは怒りを大声に変えた。

「別にそんなことッ、思ってない!」

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