第112話「刃」

 振り向きざまに顔面へ蹴りを入れるとぐしゃりと音を立てて肉が潰れる。右半分がえぐれても立ち上がり、再び刀を振りかざしてきた。

「ッあ、この……!」

 受け止めた左腕の骨に食い込んだらしく、ハルと武士は刀を交えて離れられなくなってしまう。無理にねじると血が噴き出し、視界を濁した。

「どいて!」

 社地が隣から割り込んでひたいへ札を貼りつけ、肉体を炭に変える。脆くなった刀は崩れ去り、血とともに流れ落ちていった。

「何故首を落とさない」

「殺さないって言っちゃったからな、仕方ないさ。後でジャスとかにチクられたら困る」

 再び地面から湧き出した武士にため息をつき、雨の振り続ける空を見上げた。日光が射していれば戦況もまた変わるのだが、と視線を戻す。やや離れたところの傘の群れとカメラのレンズにいら立った。

「こんな時にも野次馬か……邪魔だな」

「人間の好奇心は止められないものだ。さて、話している暇はないぞ」

「分かってる」

 塞がった左腕を撫で、こびりついた血を舐め取る。これ以上の怪我は好ましくないが、避け方を考えながら戦うのも面倒だった。

「先にやった者勝ちだ、オラァ!」

 両腕をへし折り足を払う。終わりの見えない争いに辟易としつつ、靴のつま先を整えた。ここがぬかるみのないアスファルトの道でよかったと心底思い、武士達の頭上に飛び上がる。

「さっさと土に還れ、いい加減うっとおしいぞ」

 数人の肩を蹴り飛ばし、反動で一人に掴みかかり投げ飛ばす。体勢を崩したところに社地が札を貼りつけ、炭にしていった。そうして地面へ砕けた炭が積もり、雨に濡れていく。

「霊体を消した方が早いんじゃないのか」

「天明家ならば霊的な部分まで消滅させられるが……社地にはそれができる光の力がない。封じ込めるのがやっとだ、しかし特異点とは開かれた扉。封印すら無理なこと」

「そもそもどうして肉体があるんだ」

「死屍子のせい、だろうか。しかしおかしいな、まだ奴の反応は捉えていない」

「ああ、私も感じないな。霧も見えないし……チィッ」

 一振りの刀が手のひらを貫いて、胸に突き刺さる。鍔を押し返してどうにか持ちこたえ、もう片方の手で切っ先を折った。

「無事か!?」

「心臓すれすれだ、流石に痛いな……」

 太い血管はやられたらしく血が止まらない。白シャツが余計真っ赤に染まり、元の姿を失った。肩で息をつく間にも武士の数は増えているようだった。

「喰わないと身体が持たないぞ」

「嫌だ。大丈夫、治る速度が落ちるだけで、傷は確実に塞がるはずだから。ゆっくりでも人間よりは……」

「激しい戦闘でその出血量では、お前を殺すのは敵ではないぞ」

「約束、破りたくない」

 視界がぐらつく。しかしここで踏ん張らなければ、いつひかりへ被害が及ぶか分からない。慎重に呼吸を整え、意識を回復させる。

「よし……。さァかかってこい、何度でも」

 社地も覚悟を決めたらしい。着物にタスキをかけてきつく縛り、先ほどとは種類の違う札を取り出した。

「天明の子が練った力だ、わずかなものでも足止めにはなるだろう……!」

 それは淡光を帯びていた。

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