第113話「異界の入り口」
「宮司様、助太刀に参りました」
黒の着物があちこちに翻る。ハルと社地を取り囲むように社地家の者達がそれぞれ札をかざして仁王立ちしていた。おとめが駆け寄ってくる。
「あんさん、ご無事やったか」
「うん、平気だよ。しかしこの子がね」
穏やかで砕けた口調だ。三人目、とハルは密かに数える。注意深く観察していたが、何千人の記憶があっても現れる人間には限りがあるらしい。
「そらあかんね。すぐに手当を致しまひょ」
「いや、私は別に……」
「恥ずかしがることあらへんのどすえ。ここではあてらの技に巻き込まれますし、あちらへ」
おとめに連れられてその場を離れる。気が緩んだのか、意識が混濁してきた。海が視界の隅にちらちらと動き、自分なのか誠なのか分からない思い出が見える。豪快に笑うこの男は誰だったか。
「……さ、ん」
「何かおっしゃった?」
緑のインクで模様が描かれた札を胸に貼られると痛みが和らぎ楽になった。路地に積まれたダンボールへ横たわり、浅く息を繰り返す。
「あてら社地の本領、是非見ていっとおくれやす」
「うん……?」
すっくと立ち上がったおとめが輪の中に加わり、中央に社地がいる状態になる。何やら重々しい雰囲気に野次馬がざわめいた。
「何が始まるんだ……?」
「あの人、須佐之男神社の宮司じゃないか」
ぼんやりとした意識の中から、誠の声が響いてくる。
『やあやあ、こりゃすごいものが見れそうだね。君もよく目に焼きつけるといい、あの世の神道力を』
「うるさい……私は今、へとへとなんだ……」
そう言いつつも両目は操られるように開き、その様子を見つめていた。瞬きさえできず表面が乾いていく。
「高天原より遥か遠方、
武士が今にも斬りかかりそうになった瞬間、社地を中心に黒々とした海が広がった。それは社地家の描いた輪の中で渦を巻き、風を吹き上げてくる。溢れ出す瘴気のあまりの心地よさに微睡みかけたのを、誠の意識が引き留めた。
「感謝申し上げまする。では」
『須佐之男命の名のもとに』
息ひとつ乱れのない彼らの言葉に空気が震える。次の瞬間、武士達の全てが炭に変わる。あっという間に砕け散り風に舞い上がったそれらとともに断末魔が響き、霊体となった武士達が海へ引きずり込まれる。
「わた、しも……」
ダンボールから這いずり落ちて、手を伸ばした時、その渦は閉ざされ元のアスファルトへ戻ってしまった。
「あ……」
言い表しようのない痛みが虚ろを突いた。
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