第107話「押しつけられ、奪われ」

 ひかりは見知らぬ部屋の布団で目が覚め、両隣に翠とマチネがいるのを確認した。その部屋にハルとジャスの姿はなく、少しほっとする。障子の向こうに薄い光が見え、自然にそちらへ引き寄せられる。

「天明ひかり様でございますね。アマテラス様からお話は伺っております」

「あ……こんばんは」

 縁側の角から提灯を片手に現れた男性はひかりを茶室へ誘った。茶道の心得はなかったが、彼は作法など構わなくてよいと言う。とりあえず正座をするひかりへ柔らかな口調で語りかけてきた。

「天明家では社地という一族を、どのように教えているのでございますか」

「死屍子へ魂を売った、穢れた一族だと。その人達は死屍子と契約を結んだせいで半分亡者になっていて、妖怪に限りなく近い存在だそうです」

「なるほど。確かに一理あるかもしれません」

 男性は目を伏せる。茶瓶に湯が沸くのを待ちながらふと、妙に息が詰まる感覚に気づいた。これは実家の結界に似ているが、どこか不気味なものを感じた。

「ここは、どこなんですか。昼間の意識がないので分からないんです。あなたは……」

「わたくしどもの隠れ家です。妖怪はやってこられないような場所にありますので、ご安心くださいませ」

 柄杓を取り上げる。なつめから移された抹茶へ湯を注ぎ入れ、滑らかな動きで茶筅を動かし始めた。それを眺めていると精神が落ち着いてくる。男性は言葉を続けた。

「天明家は死屍子退治の要となっておりますが、わたくしには一つ、不思議に思うことがあるのでございます」

「なんですか?」

「何故、神託が必要なのでしょう。これまでの記録があれば、死屍子を捕らえることなど容易いはずでございましょう。弱点なども知り得ていると思うのですが……」

「それは確かにそうですね。わたしも、祖父母や親族さえ誰も知らなかったんです。なんで──」

 死屍子を封じる役目を担ってきたにしては、あまりに情報が少なく漠然とし過ぎている。物思いに耽けるうちに目の前へ茶碗が置かれた。細やかな泡の立った抹茶は色鮮やかだった。

「いただきます」

「わたくし、その答えを知っております」

 茶碗を持ち上げたひかりへぐんと近づき、男性がけたけたと歯を見せて笑った。思わず手を滑らせそうになったのを片手で受け止め、ぐっとひかりの口元へ押し込む。

「社地が、お前らくそ野郎どもからから奪い取ったんだよ。血筋の穢れを俺達に無理やり押しつけた報いだ、ざまあみろ!」

「んッ、ぐ!?」

「今回だけは主の指示だから教えてやったが、本当は胸くそ悪くて仕方ねえよ。まあ、せいぜい励め、天明の子」

 抹茶が流れ込んできそうになり、恐ろしさに目をつむった。その途端に後ろから抱きすくめられ、耳元で獣の唸り声がした。

「喰い殺してやる……!」

 ばきんと音を立てて、ひかりの目の前で茶碗が握り潰される。背中に感じた温かさにボロボロと涙がこぼれた。

「怖かった……っ」

 腹に優しく添えられた腕を震える手で掴む。それに応えるようにその腕へと力が込められた。

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