第105話「役目と代償」

「天明一族とわたくしどもが分かれたのは卑弥呼の時代からになります。ですがそれより前より、太陽や死に特別な念を人々は抱いておりました。それがアマテラス様と死屍子の成り立ちでございます」

 アマテラスに膝を叩かれ、ハルも渋々正座をする。社地は片袖を翻し、中から小さな巻物を取り出した。

「こちらは「社地伝巻物」と申します。死屍子退治に関する伝記である天明伝絵巻物とは異なり、二つの家の生まれを記しております」

「随分と小さいな」

「天明伝のように絵がございませんので」

 紐を解き目の前に広げた途端、巻物の中から突風が巻き起こった。よく見ればそれは絵も文字もなく、映画のように横長の画面へ何かが映し出されているのだった。

「これが死屍子の始まりの姿。そして正面におりますのがわたくしどもの祖先、卑弥呼でございます」

「ただの黒い塊じゃないか。手足も何もないぞ」

「ええ。この当時は名すらないのです。後世に様々な脚色がされ、天明伝に描かれた容姿となりました。……卑弥呼はここで死屍子に飲み込まれ、亡くなります」

 ちょうどその場面が流れている。何かを一心に唱える横顔はあかりに似ているようであり、しかし違う誰かでもあった。その姿がどろりとした塊に飲み込まれていくのを凝視する。アマテラスは表情を歪めていた。

「この時初めて、死屍子は祓いの力を持つ人間を捕食致しました。そして清らかな人間の味を占めた死屍子はそれを忘れられなくなったのです。以来、卑弥呼の血筋に固執するようになり、現在に至ります」

「それと二つの家がどう結びつくのか分からないんだが」

「卑弥呼の血筋が死屍子に見初められたが故に、その一族へ二つの呪縛がかけられてしまったのでございます。それらが反発し、一族は天と地へ分かれてゆきました」

 社地がまぶたをそっと撫でる。足の痺れてきたハルが姿勢を崩すと、その衣擦れの音で我に返ったのか再び口を開いた。

「清らかな光に強い忠誠を誓い、天が為に身を捧げるという天照大御神との誓約。そして死屍子に捕食され穢れてしまったことによる、死の概念への束縛。その血筋はアマテラス様と死屍子、それぞれに契りを交わしてしまったのでございます」

「わたしに従った者達が天明へ、死屍子に呪われた者達が社地ということですか」

「はい。天明家はアマテラス様の命に従い、死屍子退治をする立場を継ぎました。そしてわたくしどもは半ば根の国へ引き寄せられ、離れた場所より世間を見上げることとなったのでございます」

「それが代償なんだな」

「ええ。天明家は神に近くなってしまったために、人に害をなす種族は絶滅のみ、という思考に囚われてしまいました。わたくしどもは長時間現世へいることができず、無理に留まれば光に目を焼かれてしまうのでございます」

「それで……」

「幼い頃に自らの宿命に抗った結果でございます。我ながらなんと愚かだったでしょう」

 力なく笑った社地が巻物をしまう。風も収まった大座敷に沈黙が訪れた。

「少々、話し疲れてしまいました。わたくしは席を外しますが、有事の際は屋敷の者をお使いくださいませ」

「お気遣いありがとうございます」

 社地は深く一礼し、襖をそっと閉めた。

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