第104話「流れゆく中で」
「そちらの塀を越えた先は根の国になっております故、どうかお顔を出さないようお願い致します」
門扉へ近づこうとした翠とマチネの動きを察したのか、社地がやんわりと窘める。先ほどから一切開かれることのない両目に、アマテラスは彼の容態を悟った。
「神道の一族がなんでこんなとこに住んでるんだ」
「わたくしどもの役目でございますから」
大座敷へ案内された五人は社地と揃いの着物姿の女性が入ってきたのに目を奪われる。穏やかな目元にスッと見つめられると、ハルは胸の奥を刺されたような感覚にうつむいた。
「皆様、ようこそ来やはりました。妻のおとめでございます、御用の際は何なりと」
「おとめさーん、ぼくトイレ行きたい」
「目上の人には敬語を使うものデスよ翠。電話をかけたいノデ、ワタシも外へ出たいのデスが」
おとめは柔らかく笑うだけで、二人をつれて出ていってしまった。アマテラスはゆるゆると首を振り、社地へ向き直る。
「わたし達がやってきた理由ですが、こちらへ保管されている天照大御神の文献を見せていただけますか」
「それならばすでに用意してございます。ご自由にご覧ください」
「先読みしていたということですか」
「此度の異変につきましてはわたくしどもとしましても看過できませんので、ある程度調べはつけてございます。ですので、アマテラス様の御様子も承知しております」
社地が腰元の鈴を二度鳴らす。同時に襖が静かに滑って数人の男女が古い書物を手に現れた。この屋敷の者達は皆、黒の着物を揃えているらしい。どこか荘厳な雰囲気をまとったこの一族がハルは少し苦手だった。
「鬼道の名手であった巫王卑弥呼の血筋から、天と地に分かれてどれほどの時が流れたことでしょうか。わたくしどもはそれ以前より、現世にあらざる者達の記録をつけて参りました。紙に、木簡に、そして記憶に。一つ身を引いた立場から全てを見守ってきたのでございます」
「この文献……ないようも細かいし保存状態もいいじゃん! 妖怪研究科としてめっちゃテンション上がるんだけどー」
「人の話は聞いた方がいいんじゃないか」
文献を畳一面に広げて読み出したマチネをハルが窘めるが、耳には入っていない。社地は淡々とした口調を変えずに話を続ける。
「お二人のために今一度、お話し致しましょう。天明家と社地家の背負った役目と、代償を」
アマテラスとハルは顔を見合わせ、それから深く頷いた。
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