第103話「もう一つの家筋」
「ぜえッ、ぜェ……ッ」
「これで終わりです。ハル、ジャス、よく頑張ってくれました」
ハルが後部座席に倒れ込むとマチネが膝枕をして優しく頭を撫でてくれた。ジャスは涼しげな顔をしている。ハルの心配は杞憂だったようだ。気を取り直してアマテラスへ顔を向けた。
「それで、相手は会ってくれるのか」
「ええ、今迎えの者を寄越すそうです。じきに来るでしょうから、休んでいなさい」
「あぁ、そうする」
世の中は必ず誰かの仕事で成り立っている。情勢が変わればそれだけ、活躍する仕事も違ってくるものだ。妖怪が勢力を増した現在、求められる職業はいくつかある。
「天明家と肩を並べる神道の一門って、ウチ聞いたことないんだけどー。本当にいるの? そんな人達」
「彼らは妖怪と関わろうとしないですから。妖怪研究の最前線をゆくあなたが知らないのも頷けます。天明が武人的な一族ならば、こちらは文人的性格ですので」
「要は実働部隊と記録係でしょ」
コツコツと窓がノックされる。そこにいたのは黒で質素な着物に身を包んだ男性だった。目は閉じたままだ。男性は深々と一礼し、抑揚の少ない落ち着いた声で話しかけてくる。
「天明家の皆様でございますか」
「はい」
「わたくし、
社地はもう一度深く頭を下げ、ハルを一瞥した。その視線を敏感に感じ取って目を開けたハルはやや身体を硬くする。
「お手数をおかけ致しますが、車の方をどこか適当な場所へ停めていただけないでしょうか。わたくしどもの屋敷には道が繋がっておりませんので」
「分かりました。ジャス」
町外れの更地へ車を移動させる。社地は車などに乗った様子もなかったが、気づけば先回りしてそこにいた。その不気味さにハルが唸るような声を発した。
「妖怪みたいにジメジメした感じだな。本当に神道側の人間なのか」
「社地家は天明家ほど神力を持っていませんから、霊的感覚がやや暗いのでしょう。禍々しさは感じませんし、少なくとも妖力ではなさそうです」
社地は五人を木陰へ導いていく。両目とも開かれていないというのに、しっかりとした足取りだ。やがてしとしとと雨が降り始めた頃、社地は立ち止まった。
「ようこそいらっしゃいました。薄汚い場所ではありますが、どうぞくつろいでくださいませ」
それは古びてはいたが立派な造りの平屋だった。目の前の木々から突然、この場へ視界が切り替わったのだ。広々とした庭の白い砂利が擦れ合い、音を立てる。整えられた松の枝葉も美しく青々としていた。
「何これ、すっげー!」
「伝統的なこの造り、懐かしいデスね」
ジャスが結界を張った時ほどではないにしろ、ハルはここも息苦しく感じていた。そこらにある草木も家も本物ではあるのだが、空気の流れが全くないのだ。マチネもそれには違和感があったらしく、二人で顔を見合わせる。
「ここはどこだ?」
「よくお気づきで。こちらは現世と根の国の狭間、境界線にございます。わたくしどもは代々、この狭間にて暮らしております」
社地は薄く微笑んだ。
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