第86話「服従」
わあわあと騒がしくしている中、一人が訝しげな顔つきをしてハルを見ていた。ハルもジッと視線を返すと何か思い出したように口を開き、甲高い声とともに指を突きつける。
「こいつ、天明都で大学生達を殺した妖怪だぞ!」
アマテラスら五人の間にピリついた空気が走り、人々は別の意味で再び騒ぎ始めた。包丁を手にした男が何人か、ハルへにじり寄ってくる。その場でひねり潰してやろうと密かに拳を握ったハルをジャスがやんわり窘める。
「その手の行き場はどこデスか。襲いかかればいよいよ言い逃れできマセンよ」
「……分かってる」
深く息を吸い込んでから、両手を上げて無抵抗の意思を示す。しかし今にも刺し殺されそうな気配についため息が漏れた。
「アマテラス様、これはどういうことですか!?」
「落ち着きなさい。説明しますので」
ここはアマテラスに全て委ねるしかなかった。ハルにできるのは大人しいフリをするだけだ。アマテラスは少し考え、マチネを隣に呼び寄せる。
「彼女が神田ヶ峰マチネ、さらわれたとされる大学生の人間です。皆さんの中にもテレビで顔を見た人がいるでしょう」
「ええ、確かに本人らしいが……」
「実は先日、太占を行いこの子の行方を占ったのですよ。そしてこの街にいると知り、会って事情を聞きました。その際に一緒にいたのがそこの娘です、名をハルと言います」
この話次第ではここで打首にされそうだとヒヤヒヤしつつ、しおらしくしている。アマテラスがそっとマチネを抱きしめ、周りへ微笑んでみせた。
「ハルが話すには、死屍子に操られあのようなことをしたのだと。もう呪術は解け正気に戻り、わたしと人間達のために我が身を捧げると申し出たのです。罪滅ぼしをさせてやるため、わたしは彼女を仲間へと引き入れたのですよ」
「しかし、妖怪の言うことを信じるというのですか」
一人の反論に対し、アマテラスは一瞬ふむと考える仕草をした。そして優しく諭す。
「それはこの子が、ハルをどうか許してほしいと願ったからです。わたしは人を守る神ですが、同時に人の思いを聞いてやる立場でもあります。優しい心を持つこの子の気持ちを無下にすることなどできないでしょう?」
人々から感嘆の声があがり、ハルはめまいがするようだった。打首とまではいかなくとも、これでは自分が悪であることに変わりない。結局は白い目で見られるだけで、こちらの苦悩がまるで払拭されないのだ。
「ならば今ここで、その証拠を見せて差し上げます。ハル」
アマテラスが不意に姿勢を崩し、着物から片足をはだけさせた。透き通るような白肌に思わず腹が鳴りそうになるが抑え込む。食い入るようにそれを見つめていたハルの耳へ冷たい声が入ってきた。
「そこへ跪きなさい」
「……はい」
足元へ寄り頭を下げた途端、ガッと上から押し潰される。固唾を飲んで見守る群衆の息遣いを聞きながら、身体を突き上げる悔しさを噛み殺した。指先が髪を嬲り、束ねていたのを乱していく。
アマテラスの中でハルは、隣にさえ立てていなかった。
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