第84話「混沌のさらに先」
翠を止めに行こうにも、今はまずい気がする。ハルは踏み出せずただ眺めているしかできなかった。その間にも翠の攻撃は続く。
「死屍子って天明の子に見つけられて初めて、反撃として人間を殺すんでしょ。余計な手を出すから死屍子が怒るんじゃないの?」
「あなたにはまだ分からないのですよ。世が回ってゆくために、決められたものが」
「だーかーら、ぼくの話聞いてたー? それは人間どもの世であってさ、全ての生き物の世界の話じゃないじゃん」
「わたしは人間に生み出されたのだから、人間単位で物事を考えるのは当然です。皆平等とはいかないのですよ」
どちらの意見も一理あるのだが、ハルにはそんなこと分からない。ただ二人の意見に賛成はできないと思った。そうして眉をひそめていると、隣でくすりと笑い声がした。
「あの子供、面白いデスね」
「ジャス。アンタこんなとこにいたのか」
「フフ、お久しぶりデス。貴女があんまり帰ってこないカラ、死屍子に喰われたのカト思ってマシタ」
「ちょっと寝込んでてさ。マチネはどこ行った?」
「あのレディならアマテラスのそばにいた時に人々に連れてこられたノデ、眷属だと思われて後ろに控えてマスよ。ほらあそこデス」
できる限り気配を消しでもしていたのか、今にも泣き出しそうな顔でアマテラスの影に身を潜めていた。今更気づいたハルはやれやれと首を振り、この混乱を傍観することに決める。
「もー! カミサマの分からず屋、人間救ったって他の生き物がいなくなれば意味ないんだってば!」
「そんなものは別の神や人間自身が司ること、わたしは責務を全うするだけです!」
ひたいを突き合わせて激しく言い争うアマテラスと翠だが、話は平行線のまま交わりそうにない。ハルがジャスへ目配せをすると、するりと黒髪の女性に姿を変えて翠の肩へ手を伸ばす。
「こらこら。アマテラス様もお嬢さんも落ち着いてはいかがです」
「ぼくは男だーッ、さっきからぼくって言ってんじゃん!」
「殿方だったのですか。てっきり女の子だとばかり」
「ワタシもそう思ってマシタ……」
アマテラスとジャスがきょとんとするのを見て、ハルは首を傾げた。確かにさらさらとした茶髪は肩にかかりそうなほど長く、ぱっちりとした目もかわいらしい印象はある。しかし匂いに女らしさを感じないし、首筋や鎖骨に柔らかさが見られない。
「失礼しちゃうよ、もう」
「翠! お前は一体、なんてことを」
鋭く空気を裂いた怒鳴り声で周囲の視線が扉に集まる。息を切らして立っていたのは身なりのいい会社員風の男だった。拳をわなわなと震わせ、今にも殴りそうな勢いで翠に近づいていく。
「我らの女神様になんという無礼を……外にまで聞かれているのだぞ! 謝れッ、土下座してアマテラス様に謝罪しろ!」
「ふん、嫌だ。ぼくはもうこの街を出てくよパパ」
「なんだと!?」
翠の父は唖然とした。周りも目を丸くしている。ハルとジャスはその隙にアマテラスのそばへ回り込み、マチネを呼び寄せる。
「今のうちに逃げよう。話したいことがある」
「ええ」
アマテラスもそれに従おうとして、フッと身体中に飾られた鈴を思い出し首を振る。四人は揃って肩を落とし、翠の成り行きを見守るしかなかった。
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