第83話「言葉」

「皆さん」

 騒がしくしていた人間達が、その一言で水を打ったように静かになった。わずかな反響も消え去ったのを確かめて、アマテラスが凛とした表情で喉を震わせる。

「歓迎ありがとうございます。わたし達にとっては、あなた方がわたしを信じるその心が何よりの力となるのです。死屍子を封じるため、皆さんへこの身を捧げましょう」

 わっと歓声があがる。ハルには開けられた窓からかすかに、外の群衆の雄叫びも聞こえた。大方スピーカーでも置いて、この大御言おおみことを流しているのだろう。

「アンタのものじゃない」

「何か言った?」

 この騒ぎに紛れて翠には聞こえなかった。ハルは静かに首を振り、部屋の端に寄る。ほのかな木の香りに少し心を落ち着かせ、続く言葉を待った。

「死屍子とはこの世を乱す悪です。必ず封じ込めなければならないもの、そしてわたしがやり遂げてみせます。天照大御神が世を照らし、皆さんに光を届けます」

「アマテラス様、頼みます!」

「我々人類の輝きを取り戻してください」

 心底うんざりとした。胸焼けするような戯言ばかり並んで、光に満ちて影の入る隙もない。立ち去ろうと踵を返し、ふと少年の姿がないことに気づいた。辺りを見渡すと、細い枝が人をかき分け道を作っている。そこを堂々とアマテラスの正面へ立つ、彼の姿があった。

「ねえカミサマ。お前、死屍子のことをこの世の悪とか言ってるけどさぁ。なんで人間が優先されるものっていう前提なわけ?」

 辺りがざわめき、慌てた何人かが飛びかかろうとする。しかし急に生えてきた木の根に絡め取られ、おかしな体勢になり呻き声をあげた。少年はツカツカと歩み寄っていき、とうとうアマテラスの鎮座する段の上にたどり着く。

「それってカミサマが、人間がいなきゃ存在してられないから一番ってだけだよね。御都合主義にも程があるんじゃないの、お前ちゃんと周り見えてる?」

「誰かあのガキ止めろ!」

「もー、うっさい。黙っててよね、ぼく喋ってんだから」

 野次馬を睨みつけ、再びアマテラスと対峙する。あっけに取られた様子の彼女に真っ直ぐ指を向け、禁忌とも言える言葉を放った。

「他の動物や植物から見たら、人間の方がよっぽどひどいよ。カミサマなんてのがいるから、こんな奴らが蔓延るんだ!」

「あなたも人間じゃありませんか。自身にもその言葉が当てはまることを忘れてはなりませんよ」

「ううん。それは違うよ、何故ならぼくには植物達の気持ちが分かる。人間よりあの子達の気持ちに同感するからね」

「何者ですか」

 少年が胸を張った。

「ぼくは青葉あおばみどり、この大樹の親だ。そして全ての植物達の味方だよ」

 アマテラスの表情が明らかに不機嫌になったのに、ハルは頭を抱えた。

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