第79話「血を交え」

 あかりが不意に歩き出し、ハルから離れた。行ってしまうのだろう、引き留めようにも言葉が見つからない。

「後はよろしくね」

「はいはぁーい、任せてよォ」

 会うのは何度目か、目の前に綿菓子が跳ねた。迷いなく拳を振り抜くとそれは間抜けな声を出して横へ転がる。

「怖い怖い。ククク、久しぶりィ」

「なんとなくそんな気はしてたよ」

 遠くなるあかりの背中を目で追いもしなかった。拳を構えたハルに対して拍子抜けしたようで、シロウサギが頬を膨らませる。

「もっとさァ、泣いて呼びかけるとかないのォ? 叙情的な展開とか、ボク大好きなんだけどなァ」

「そういうことをする仲じゃないんだ、多分」

 ちぇっと不満そうにしていたが、鎖をしゃらりと揺らしたと同時に目の色が変わる。今は自分一人の力だけで彼をどうにかしなければならないことに、大きなため息をついた。

「私は今日、朝から動きっぱなしでヘトヘトなんだ。帰ってほしいんだが」

「それ返してくれたらねェ」

「断る」

 細い鎖が首筋をかすめ、血が滲む。地面を蹴り上げ視界をぼかすとめちゃくちゃな軌道で鎖が暴れた。少し当たっただけでも痣になりそうだ。持ち前の反射神経で全てかわしきり、距離を離す。

「大人しく渡してよォ、ボクだって暇じゃないんだからねェ? アリスを捜さなきゃなんだからさァ!」

「誰なんだその人。妖怪か」

「聞きたぁーい? あのねェ、アリスはねェ、ボク達の命だよ。アリスがいなきゃ死んじゃうよォー、どこ行ったのかなァ」

 ハルにとってのひかりのようなものだろうか、しかしボク達ということは恋とも違うのか。シロウサギは鼻先をぴくりと動かすと、首を傾げたハルの片腕に鎖を巻きつけギリギリと絞め上げる。

「アリス、どこなのォ?」

「いッ……私が知るわけ、ないだろ……! そもそも、顔も分からないのに」

「緑色の瞳に長いブロンドの髪なんだァ、青いエプロンドレスのよく似合う女の子。とってもかわいいからねェ、手出しちゃダメだよォ」

「絶対出さないから安心してくれ。アンタの方こそ、分かるよな」

 鎖を掴んで思いきり引っ張るとシロウサギがぐんと近づく。真っ白なスーツに血まみれの爪を突き立て、脇腹を切り裂く。ぎゃんと痛ましい声をあげて身をよじらせたその姿に、脳が焼けるような感覚が走り身体が硬直した。

「なッ、動かな……」

「あっハハハ! やァやァ、懐かしい顔だねェ。また会えるなんて思わなかったよォ、キミのおかげで助かった!」

 表情を歪めながら逃げ出し、シロウサギが息を荒くした。深く肉をえぐり取ったらしく、ハルの目の前から動けずにいる。しかしハルも次の攻撃をできないまま、シロウサギを睨みつけていた。

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