第73話「価値観」

「わた、し、勝てない……」

「そうしょぼくれないの。私が強すぎるのよ、仕方ないことだわ」

 言葉を覚えながらあかりに戦いを挑む毎日が過ぎていった。街中の小さな一軒家でギャンギャンと騒ぐ日々が嫌いではなかった。人を喰うより楽しいものを見つけたのだ。

「かぁ、さん。もう一回!」

 この人を超えていくことが目標だった。

 ──そう、アンタより強いものなんてこの世にありゃしないんだ。それがたとえ死屍子でも。



「会いたいなぁ。アンタらみたいな弱いのじゃなくて、あの人に今の私がどれだけ通用するのか知りたい」

「かッ、は」

 長い空想に浸るうちに、気づけば辺りの妖怪はあらかた倒していた。力がしっかり入っていなかったのか、死んでいない者もいくつか転がっている。せめて今首を掴んでいる邪鬼くらいは楽に死なせてやろうと力を入れた。

「やめてください!」

 フッとそちらを見やる。アマテラスがそう叫んだのかと思ったが、泣きじゃくる姿で彼女だとすぐに分かった。

「ああ、おはようひかり。もうそんな時間か」

「何をしてるんですか、ハル」

「殺してやらなきゃと思って。大丈夫、すぐ意識がなくなれば痛くないから」

「だからって命を……。逃がしてあげてください」

 ひかりが自身の意見を口にするのは珍しいことだ。ハルは大人しく邪鬼を放り出した。力なく地面に落ちた邪鬼はすでに息をしていない。ひかりがそれに気づいて、また涙を流した。

「死ん……だ」

「もう少し待っててくれ、他のも片づけてここから逃がすから。そしたらジャス達と合流して──」

「あなたに心はないのですか!?」

 ひかりの絶叫に耳がギィンと嫌な音を鳴らす。思わず顔をしかめたハルにひかりはさらなる怒りの表情を見せ、ぼろぼろと泣いた。

「妖怪にだって、家族があります。残された家族がどれほど悲しく、寂しく思うか、考えてください!」

「こいつらの攻撃で住む場所も友達も家族もなくした人間も同じじゃないか。先にこっちが仕掛けたんだ、報いってものは受けてもらわなきゃいけないだろ」

「それだから延々と終わらないんですよ、戦いが」

「でも殺さなきゃアンタにずっとつきまとって、喰うチャンスを狙い続ける。ひかりとアマテラス様を守るのが私の仕事だ」

「ダメです、殺すなんて。わたしとは価値観が違うかもしれないですけど、お願いします!」

 あかりやアマテラスとは違うとしみじみ感じた。彼女達は改心する余地のない妖怪はすかさず処分していた。どこまでもその優しさが続けばいいと思いつつ、少しの鬱陶しさが胸に募る。いら立ちが溜まらないようにハルの破壊衝動に付き合ってくれた母との毎日を思い出した。平穏なようでどこか殺伐としていた生活だったと今頃気づく。ひかりの隣はやや、息苦しかった。

「……分かったよ、ひかり」

 ため息をつきながら言葉を返して、ハルは残っている足元に狙いを定めた。骨くらいなら折っても、怒られないはずだ。

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