第74話「十八の複雑さ」

「ハル……待って、やめて!」

 そう叫べばちらと一瞥をくれるが、決して攻撃の手は緩めない。ひかりは唯一血しぶきのない中央で座り込み、もう一度声をあげる。

「やめてください!」

 ハル自身も傷つきながら、しかしそれ以上の実力で相手の足をへし折り腕を捻りあげる。時折を重ねて、手足を失った妖怪が積み上がっていった。

「ひかり、頼むからこれで妥協してほしい。どこかはちぎっておかないと追いかけてくるし、逃げられないから」

「ゔぅ……苦し、い」

「化け物め……!」

「ふぅん、アンタらがそれを言うのか。人間から見れば同じだよ」

 ハルが冷たく吐き捨ててひかりに振り向く。白いシャツに赤が映えた。声色はフッと柔らかいものに変わり、手が差し伸べられる。

「怪我はないか。立てないなら背負うけど」

「触らないで!」

 反射的に手を払いのけて、ひかりは立ち上がる。ハルが眉を下げたのに顔を背けて、先も見えない闇を走った。前へ伸ばした手が見えないのに何故、戦うハル達の姿が見えたのか。自分の一族が受け継いできた特別な体質に嫌気が差した。

「妖怪なんて、見えなきゃよかった……」

 あの人の娘に生まれなければ、ただの傍観者でいられたはずだった。妖怪が勢力を増して、一般人でもはっきり姿を見られるようになった今の状況でも、逃げ惑うだけでよかったならどれだけ楽だろうか。

「祓いの力なんて要らない。わたしは無個性でいい、天明一族なんてもう……嫌」

 ハルは追ってこなかった。彼女の異常な身体能力ならばすぐに捕まえられる、だから放っているのか。ひかりはただ、真っ直ぐ走った。たまにべちゃりと水たまりを踏む。雨なんて最近降っていないが。

「見つけマシタよ、レディー」

「きゃっ!?」

 足元をさらわれたと思った瞬間、ジャスの微笑むのが目に入った。横抱きにされているらしい、宙にぶらついた靴が赤黒く染っている。悲鳴をあげるとまぶたを撫でられ、自然と目を閉じた。

「不機嫌そうデスね、ハルと喧嘩をしたのデスか?」

「あの人は乱暴過ぎます。必要以上に痛めつけ、嘆く相手に平気で追い打ちをかける……」

「ワタシが思うに、貴女はまだお嬢さんなのデスよ」

「ハルのしたことは許されるべきではありません。わたしがいくら世の中を知らなくたって、これは言いきれます」

「まあ、いずれ分かるでショウ。彼女が何故あのような行動を取るのか。お嬢サンはとりあえず、お召し物を取り替えなくてはネ」

 泥や血にまみれた服をぎゅうと握り締めて、ひかりは涙をこらえた。どんな理由があろうともハルを許せないと思った。ジャスがマチネの待つあの家へ戻った頃になっても、ハルだけがそこにいなかった。

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