第65話「何気ない朝」

「ハル、あなた電気をつけたままここで寝ていたのですか。もったいない」

「風邪引く、とか労りの言葉はないのか。残念」

 アマテラスは顔をしかめた。ハルは大きく伸びをして、朝食を作っているジャスをちらりと見やった。マチネはまだ起きてこないらしい。

「昨日の夜にひかりが話してくれた日本神話のことだけどさ、アンタら三兄弟なんだろ。スサノオはともかく、もう一人とはどうして協力し合わないんだ」

「彼は月です、わたしとは力のそりが合いません。それにそもそも、どこにいるのかも知りませんから」

「姉弟なのにか」

「家族でも離れてしまうコトはありマスよ。長い時間を生きるほどに、離れる時期も多くなりがちデス」

 不意にジャスが表情を曇らせた。アマテラスとハルは顔を見合わせる。なんとなく触れないように話題を避け、ハルは違う疑問を口にした。

「高天原に来た弟を迎え撃とうとしたなら、武力もあるんだよな。もうカミサマ総出で死屍子を殺した方が早くないか」

「あなた馬鹿ですか。死屍子封じにはれっきとした伝統が……」

「というかさ、なんで一番偉いのに下界まで駆り出されてるんだ。太陽に妖怪が弱いから? 私とかジャス程度の妖怪でさえ日中歩き回れるっていうのに、死屍子に通用するのか」

 やや失礼な言葉の数々に、アマテラスの頬がひくついた。ジャスはおやおやという言葉とは裏腹に楽しげに笑っている。

「あなた達のために力を抑えて差し上げていることが分からないようですね。いいでしょう、次に妖怪がやってきた時はわたしが相手します」

「えッ、ひかりの身体が傷ついたら困るだろ」

「近寄る隙さえ与えません」

「言いきったな……。分かった、そばで控えておくから、その身体で無理はしないでくれよ」

 本当に大丈夫なのか、ハルには分からない。だが流石にこの国の最高位の神である以上、何かしら力は秘めているのだろう。アマテラスはやる気らしく、やけに意気込みながら食卓に着いた。

「今日はサバの味噌煮デスよ、貴女方が出かけている間にひかりサンと練習してマシタ。フフ、ハルより仲良くなってしまったカモ?」

 ゆらりと胸の奥に黒い靄が揺れる。ぎょろりとキッチンの方を向いた時、そこにはジャスの代わりに冷蔵庫を漁るマチネがいた。鋭い視線に身を震わせ、おそるおそる振り返る。

「お、おはよー……」

「ごめん、別にアンタを睨んだわけじゃ」

「罪のないレディを睨むなんて、ひどい人デスね」

「よっぽど朝飯の一部分になりたいようだな」

 改めてジャスを睨みつけ、四人で声を揃えて感謝の文句を告げる。ハルはまずサバの胴に慣れない手つきで箸を入れた。

「こちらの国の味つけは結構調べたのデスが……どうデスか?」

「ん、美味い」

「450食……」

 マチネの呟きにハルは呆れ、アマテラスとジャスは首を傾げた。

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