第46話「研究室」

 疲れきった身体はソファに沈んだきり、持ち上がらない。マチネとの契約から四日経ち、様々な実験に手を貸してきた。出された実験内容を一つも拒まず、ひたすら強固に造られた無機質な実験室でのテストをこなした。どれだけの硬度まで素手で破壊できるのか、全力疾走を何時間続けられるか、結界などを張る特殊能力の有無など、ひっきりなしだ。

「腹が減った……」

 妖怪研究科は天明大学の東端にあり、もっとも警備が厳重だ。最新機器を揃えた実験室の隣に、マチネら研究員のための研究室というものがある。そこは驚くほど散らかっていた。正確には本とファイルとよく分からない数式ばかりの紙がありすぎて、整理しきれていないのだ。中央の革張りのソファセット以外の床と壁は物がみっちりと詰まっている。

「人間は頭がいいんだな。紙の上の変な黒い汚れが全部、大切なことなんだからさ。……そんなことより、腹が減ったなぁ」

 眠るわけにいかず独りごちる。睡眠をしないで活動し続けた時の能力の差も検証中なのだ。だから毎日同じことの繰り返しだった。

「次の準備ができたよー。すっごい暴れるから直すのに時間かかったじゃんか」

「鉄塊を思いっきり殴れって言われたからやったら、固定の仕方が甘くて吹き飛んだんだ。そっちにも悪いところはあったと思うね」

「流石に少しくらい力も落ちてるかと思ったんだもん。全く変わらなくてびっくりだよ」

 ゆっくりと身体を起こしてマチネと向かい合う。その背後のホワイトボードにちらと目を向けて、話を切り出した。

「他のメンバーはどうしたんだ。仁科誠もいないし、研究員もアンタ以外を見てないぞ。そこの日程表を見た感じ、各地に散って遠征みたいだが」

「特異点の観察だよ。月に一回、それぞれの持ち場で変化を観測するんだー。ウチも普段はそこに行くんだけど、今回は相棒に任せてあるの。あ、相棒の写真見せよっか」

 財布から取り出した写真を手渡され、マチネの隣に並んで立つ相棒を眺めた。随分と体躯のいい大男である。満面の笑みでピースをしているマチネとは対称的に、その相棒は無愛想だった。

「強そうだな」

「けいちんっていうんだー。暴れたり逃げようとしたりする妖怪を押さえるために、誠センセーがボクシングサークルから引っこ抜いてきたの」

「ふーん。じゃあアンタはどうしてここに来たんだ」

「ウチは第一世代の『人外』だからね、研究させてくれってプロポーズされちゃってー」

「プロポーズ……?」

 マチネははにかんだ。

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