第45話「等価」

 拘留所に放り込まれたハルはあまりの煩雑さに呆れてしまった。妖怪には様々なタイプがあるが、それも一切調べずに何の工夫もされていない牢へハルを入れたのだ。あかりの一軒家の方がよっぽど立派な監獄だった。

「あー、そこの看守さん。少しいいか」

「なん……うぐッ」

 手が差し込めるほど間隔の空いた牢では、こうして相手を掴んで頭を壁へ打ちつけ気絶させることも容易だ。ジャスのような術を扱える妖怪なら、相手に触れさえしないだろう。鉄棒をへし折って外に出ようとした瞬間、首元に激痛が走った。

「いッ、てぇ……!」

『騒ぎを起こしてはいけません。顔も写真で撮られているでしょう、逃げ出せばニュースになります』

「じゃあどうしたらいいんだ。いつまでもここにいるわけにもいかないし。──足音だ」

 陰の方へ身を隠し、息を潜めて様子を窺う。やがて向こうからこちらを覗き込んできたのはツインテールがよく跳ねる活発そうな女性だった。二十歳頃だろうか。完璧に気配を消しているハルに、女性は快活に笑いかける。

「こんにちは。ウチ、神田ヶ峰マチネって言います。君が誠センセーの呼んだアマテラス様……の、お使いの子かな?」

「ハルだ。誠センセーっていうのは妖怪研究科の仁科誠か」

「そうだよー。ウチさそこで助手してる大学生なんだけど、センセーは今忙しくて顔見せ出来ないから、代わりに来たの」

「じゃあ私を出してくれないか」

「もちろん。でも条件が一つあるんだよねー」

 書類が隙間から落とし込まれ、ハルのもとへ滑ってきた。微かに風を感じるが、どこかに隙間があるのだろうか。拾い上げてざっと目を通し、眉をひそめた。

「難しい漢字ばっかで読めないよ」

『こちらへ寄越した妖怪を研究材料として、少々貸してほしい。実験の程度はその妖怪と話し合って決めるが、実験内容によってはより多くの返答を出す。……ですね、やりなさい』

「分かった、やる」

「今読めないって言ってたから教えとくけど、つらーい仕事だよ? よくやろうと思うよねー」

 アマテラスの命令はハル以外には聞こえていないらしく、マチネに呆れられてしまった。ハルはニッと笑ってみせる。

「耐久度には自信があるんだ。やった分だけ報酬があるなら、そこだけ約束できるならやるよ」

「おっけー、センセーは珍しく妖怪に優しい人だからね。契約はちゃんと守ってくれるはずだよー。じゃあついてきてくれる?」

 マチネが鍵を開けてハルを外に出した時、気絶していた看守がうーんと唸りながら身体を起こした。牢の外に立つハルを見て、ゲッと声をあげる。

「ハルちん、まずは打撃のテストだよ。あっでも、やり過ぎないでね」

「はいはい」

 適当な返事をした時点で、看守はすでに倒れていた。

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