第34話「無意識の領域⑴」
二つの扉を見つめていると、次第にそこへ文字が浮かび上がるのが分かった。左の扉には「嫌悪」とあり右には「使命感」とある。問題を聞く前におおよその見当はついた。
『天明ひかりはアマテラスの妖怪狩りに協力することをどう思っているでしょう?』
これはひかりが以前、自分で言っていたことだ。そのために一度は身体をハルへ預けようとしたこともある。怯えていたひかりの姿を思い出すと胸の奥がちくと痛んだ。嫌悪の扉に手をかけ押し開けた途端、頬が痛むほどの冷風が吹いてきた。ハルは五感が戻っていることに今さら気づいた。
『正解だよォ、簡単すぎたかなァ? じゃあ次の問題へ進もうねェ』
「ここに入れっていうのか」
風だけでも凍りついてしまいそうだ。しかし声の主に逆らっても戻る見込みがない今、従う他に選択肢は見つけられなかった。一歩足を踏み入れた瞬間、フッと視界が氷で満たされる。手を触れていたはずの扉は消え、また目の前に二つの扉があった。ハルはパーカーの胸元をかき集め、ぐっと首をすくめる。
『今さらだけど、バクっていうんだァ。どうぞよろしくねェ、キミは確かハルだっけェ?』
「そうだ。問題はあとどれくらいあるんだ」
『二問だよォ。入り込んですぐキミが来たせいで、まだ天明ひかりの精神を確認しきれてないんだよねェ』
「手っ取り早く終わりそうで助かった。さて、次の問題を出せ」
バクはケラケラと笑ってから一瞬、何も言わなかった。ハルが凝視する二つの扉に浮かんだのは「恋しい」と「憎い」だった。
『天明ひかりは母のことをどう思ってるでしょう?』
刹那、ハルはどちらか迷った。脳内でひかりの声が反響する。どうして
「もちろん恋しいだろうな」
隅が凍ってしまっている「恋しい」扉をやや強引に開けると温かな空気がハルを包んだ。しかし空気こそ心地いいが空間自体は質素で、全体が木張りだった。それ以外にあるのはまた扉だけだ。
『これはちょっと迷うと思ったんだけどなァ、残念。まあ次の問題で最後だし、気楽にやりなよォ』
「そうするよ。考えてても人の心なんぞ私には読めやしないからな」
ハルは伸びをして首を掻きむしる。もう少し通気性のいいものはなかったのかと独りごちた。後でアマテラスに文句を言おうと決めた時、上からいやに粘着質な笑いが響いてくる。
『最終問題』
目の前の扉へ文字が浮かび上がってくる。
『天明ひかりはキミをどう思ってるでしょう?』
示された「恐怖」と「恋慕」の扉を前に、ハルは眉をひそめ瞳を曇らせた。
「……なんだかなぁ」
その扉を迷いなく手に取り、ドアノブを押す。
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