第33話「精神世界⑶」

「あなたがどうして、ここへ? それにいつもと様子が違います」

「何が違うんだ」

「普段クッションはこんなにありませんし、机とか本があるんです。だけど今は外の様子が映る大きな画面もありませんし」

 そんなものがあるのか、とハルは目を見開いた。もしかしたら昼間、アマテラスと話していることも聞かれているのだろうか。

 もし見えるのなら、見られていたのであれば、ハルの想いを知られているかもしれない。

「どんな景色が見えるんだ?」

「特異点に足を運んだ時なんかは見えます。光の森でもその画面はついていましたが、わたしは目が疲れてすぐに見るのをやめましたね。おかげであなたと出会った時、驚いてしまいました」

「ふぅん。私と会った後は、見たりしたのか」

「まあ、時々。といっても何の変哲もない景色ばかりでしたが」

「……へえ」

 胸を撫で下ろしながら、密かに安堵する。しかしこれからはアマテラスにも気持ちを吐露するのはやめようと決めた。

『よく分かったねェ、この場所の性質を。キミなかなか面白いよォ』

 素早く背後へひかりを隠した。きゅっとハルの袖を掴んでいる彼女の瞳は怯えた様子を見せている。一瞬視線を交した二人は空から降ってくる声に耳を澄ませた。

『でもここは精神世界の表層、まだ嘘をつける場所なんだァ。でもォ? 信頼し合ってるはずのキミらなら、無意識の感情も見分けられるよねェ』

「アンタ、外国の妖怪だろ、バクとかいう名前の。死屍子を知ってるか」

『キミがもっと深く墜ちてくれるなら、教えてもいいかなァ。拒否権はないけどねェ、ほらほらご案内ィ』

「なん……ッ」

 いきなり床がくり抜かれたようになくなり、ハルだけが中へ引きずり込まれる。ひかりがサッと青ざめ、吹き上げる風に色の薄い髪をはためかせた。握っていた袖はもう、手放されていた。ぐるんと一回転しながらハルは大声をあげる。

「絶対に迎えに行くから!」

 ひかりが何か返事をする前に、穴が勢いよく閉じた。



「あいたッ」

 着地に失敗したハルは腰をしたたかにぶつけ、低くうなり声をあげた。次の空間はどこを見ても赤黒いまだら模様で、上下左右の感覚が狂ってしまったのだ。まるで生きた肝臓の表面のような柄だ、と考えていたハルはふと、目の前に二つの扉が現れたのに気づく。

『ここは精神世界の中でも無意識の領域、一番脆くて無防備なんだァ。天明の子の本音が覗けるよォ』

「別に知りたくはないけどな」

『キミは二つの扉のどちらかを開けなきゃいけない、こちらから出す問題の答えだと思った方の扉を押し開けてねェ』

 目の前にある扉はどちらも木製だ。外の世界にもあるようなごく普通のもののようだが、ハズレの扉の向こうは何があるのか。自然と喉が上下した。

『では、第一問』

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