第26話「砦」
「さて、ここがしばらくの拠点デスね。場所はバレているでショウが、ワタシの張った結界はそう簡単に破られマセン」
誇らしげにジャスが胸を張る。それは住宅街の一角にあるごく普通の一軒家だったが、門扉を開けて庭へ入った途端に別世界へ踏み込む感覚があった。スノードームの中のような、閉鎖的な感覚だ。ハルは思わず顔をしかめた。
「いつか息が詰まってころっと死にそうだ」
「結界を狭く感じるのは仕方のないことデス。さァ中へ」
二階建ての家は上が全て個人の部屋になっていた。ちょうど部屋数も四つだ。しかしリリィは首を振った。
「仕事あるノデ、リリィはここに住めないデース。何かあったらジャスや下僕タチに伝えておきマス、安心してクダサーイ!」
「ありがとう」
「影武者からヘルプのメールも来たノデ、リリィは帰りマース。
リリィを見送り改めて腰を落ち着ける。ソファに座り込んだ三人はそれぞれがぼんやりとしてどこかを見つめていた。
「アマテラス様。あかりが行きそうな場所に心当たりはないのか、あの人が頼ってたとことかさ」
「ないです。強いて言うならば特異点のどこかにいそうではあります。死屍子を封じることを放棄した彼女がわざわざ、そんなところにいるとはあまり思えませんが」
「となると特異点が一種の砦ってわけだ、いる確率は低いらしいが。光の森の他にはどんな特異点がある?」
「闇の谷や風の丘、水が延々と溢れ出す泉の出現などですね。特異点は世の歪みですから、どこも妖怪の温床になっているでしょう」
ハルの生まれ故郷もそのどこかにあるかもしれない。妖怪が歪みから生まれるものならば、親がいるかもしれない。しかし今はそんなことに少しの興味も湧かなかった。顔も知らない産みの親より、育ての母を見つけたかった。
「ここは結界でどうにか丈夫にはなってるんだよな、ジャス」
「ハイ、そうデスが」
「じゃあちょっと寝る。敵が来たら飛び起きるから安心してくれ、夜までには降りてくるから」
「分かりマシタ、おやすみナサイ」
「おやすみ」
アマテラスの横を抜けて二階へ上がる。布団へ身を投げ出すと一気に気だるさが襲った。ハルは何日も起きていたり眠ったりできるが、眠らないと疲れは抜けない。一気に眠りの中へ引きずりこまれていった。
『ハル、あなたは決して妖怪の欲求に染まってはいけないのよ。常に護りたい者のことを考え、その人のために動きなさい』
あかりの声が響いてくる。柔らかな口調と温かい部屋だ、確かにハルがあの日まで暮らしていた家が浮かんでいた。しかしこれが夢だとハルは知っている。疲れた時には決まって現れる夢だった。
「……分かったよ、母さん」
『そう、いい子ねハルは』
そう言って優しくハルの頭を撫でてくれる。この夢がハルにとっては心の支えだ。夢であっても、ハルの力だ。
『でも、わたしを捜すなんていけないわ』
「……なん、で? 違う、いつもはこんなこと」
『話さないわよね、だって夢だもの。そう思っていた?』
あかりがふんわりと笑った。自分自身の夢であるはずのものが、思い通りに動かない。後ずさりしたハルはこつんと足元に当たった何かに気づいた。
「勾玉の……?」
一度も見たことのない勾玉の装飾具がはっきりとした形と感触を持って、そこに転がっていた。
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