第25話「御都合主義」

 車の中でアマテラスはぼんやりと外を眺めていた。晴れた空に高く昇った太陽はこの後、ただ落ちていくばかりだ。流れていく街並みはひかりの生まれた街とよく似ていた。

「巫女として死屍子封じに参加する彼女は大変でショウね、一度お話ししてみたいものデスが」

「夜になれば会えるよ。ただ、妖怪は穢らわしいから嫌いなんだってさ。私は人間の男を喰ったのが知られてるから、余計にな……」

「ソレ、騒ぎにならないようにリリィが片付けさせておきマシタ! 散らかさないようにもっとお行儀よく喰べてほしいデース!」

 妖怪の三人はとりとめもないことを話している。大抵の妖怪には縦社会という概念がない、そのために失う立場もない。強ければ一匹で生きていけるし、同種がいないと嘆くこともない。ハルがそうだ。

 だがひかりはどうだろう? 彼女はつい数ヶ月前まではただの女子高生だった。あかりの代わりという立場で、今こうして騒ぎの中心にいる。妖怪に殺されるかもしれない恐怖と、戻ったら居場所がないかもしれない不安を抱えているだろう。それを強制して光の森へ連れ去ったのはアマテラスだ。

「ひかりも私も、死屍子なんてどうでもいいんだ。ひかりは人間として普通に暮らせればそれで、私は母さんと暮らせればそれでよかった」

「じゃあどうして死屍子を倒しに行くんデスか? アナタだけでも無視すればいいノニ。首輪のせいでショウか」

「この首輪がお前にひどいことするって脅されたのもあるけどさ。……ひかりを見捨てられなかった。夜は訳の分からない場所で一人きりだろ、きっと怖かっただろうし心細かったんだろうなって」

 ハルがとつとつと話を続けるのに耳を傾けていた。キュッと彼女の手に握られた虚空は、車内の生ぬるい空気をわずかに乱す。

「だから私が妖怪だったとしても、他に頼れる奴がいなかったから大人しくしてくれた。ジャスとリリィが普通の人間を装って夜、話しかけてみなよ。きっとすぐに私のそばから立ち去るから」

 胸の痛みがこちらまで伝わってきそうだった。リリィが助手席から身を乗り出してハルの頭を撫でる。後ろで気を緩めていたハルはびくりと飛び跳ね、子供扱いはやめろと苦笑した。リリィの手を払う仕草が弱々しい。

「カミサマもヒトも御都合主義なもんだから、私達妖怪は振り回されちゃって敵わないよ」

 ハルが言ってのけた。確かに神というものは一番の御都合主義者だ、自身でよく分かっている。

「それでもわたしはあなた方を犠牲にして、死屍子封じをするのです」

「ん、何か言ったかアマテラス様」

 呟きはただ一人の胸の中で溶けていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る