第20話「嵐のような」

 エレベーターホールにちんという甲高い音が響いた。ハルは自分の姿を思い出し身を隠そうとしたが、そうする前に扉は開いてしまった。ジャスは人の姿に戻っていて、悠々と座っている。

「あれ、おかしいな」

 降りてきたのは作業員の男達らしく、脚立を立てて天井の隅の装飾を漁りながら首を傾げていた。脚立を支えていた男はこちらをジッと見つめている。ハルは背を向ける位置に座っていたために、顔を見せることなく立ち上がれた。

「あのぅ、すみませぇん」

 立ち去ろうとしていた身体が硬直する。間延びした口調で話しかけてくる作業員は言葉を続けた。

「先ほど防犯カメラの映像が突然途切れたという連絡があり来たんですがぁ、何かここらを弄っている奴ぁいませんでしたかねぇ?」

「いえ、見てませんね。僕達はここで談笑をしていましたが、特に人影などは」

 ジャスが平然と答えると、作業員は礼を告げて下がっていった。ハルがジャスを睨みつけ、椅子に座り直す。

「もしかして、それもアンタの能力か」

「ハイ。すこーしだけ電力供給を止めておきマシタ。貴女もその姿を撮られたくはないでショウ?」

「まあそうだけど……」

「ちなみにエレベーターのベルが鳴った瞬間から、貴女の姿は昼間の姿と同じになってマスよ。鏡を見てクダサイ」

 手鏡を覗くと確かにハルは昼間の姿に戻っている。ずっと眺めていると不意に目つきが鋭くなり、牙が顔を出し口元が大きく裂け、おぞましい顔へ戻った。

「その顔のまま、今からワタシとゲームをしていたレディーに会っていただきマス。大丈夫デスよ、貴女の正体は知っているノデ」

 再びエレベーターが音を立てて開き、誰かが出てくる気配がした。絨毯の敷かれた床のせいで足音も聞こえず、ハルは振り返ることができずに固まった。その肩をぽんと白く細い指が触れる。

「ハーイ、ハジメマシテ! アナタのこと待ってマシタ、会えてよかったデース!」

 底抜けに明るい声色にパッと振り向くと、ストレートの桃色の髪が揺れたのが目に入った。丈の短いスカートのスーツでまとめられた姿の中に、その派手な髪色が映える。華奢な体つきの女性はハルを思いきり抱きしめ、頬にキスの雨を降らせ、頭を撫で回した後にパッと離れた。

「……は? なんなんだアンタ、誰だ、なんで頭を撫でた」

「リリィと申しマース! アナタがかわいくて撫でちゃいマシタ。二人がのんびりお話ししてるノデこんな時間デス、だからリリィ達は帰りマース」

 到底ついていけない。リリィはどうやら思いついたことをそのままやり、直球で口に出すタイプらしい。ハルは混乱しそうな脳内の情報を慌てて処理し、立ち去ろうとするリリィとジャスに言葉を返した。

「いきなり来て、何がしたいんだよ。せめてそれだけ教えて帰ってくれ、頭が痛くなりそうなんだ」

「ワタシ達は明日、貴女方を迎えに参りマス。そのための顔合わせがしたいと、シスターが聞かなかったものデスから」

「迎え……?」

「アナタのご主人サマにちゃーんと伝えておいてクダサーイ! リリィはアナタ達とお話がしたいのデース。それではGoodbye!さようなら

 二人は窓を開けもせずにすり抜け、そのまま闇の中へ溶けていった。ただ桃色の髪だけが風の中に揺らぐのが見えた。

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