第13話「苦痛」
「どんな方法でもいいです、わたしを穢してくだされば、それで。傷の一つくらいは仕方ありませんから。死なない程度に皮膚を裂いてもいいですし、純潔を奪っても……いい、です」
最後に行くにつれて声が小さくなり、身体が震えている。本心ではないと嫌でも分かった。しかし少しずつ歩み寄ってくる。しかし牙が現れ瞳孔が鋭くなり始めたハルに、ひかりはあきらかに怯えていた。
「馬鹿なことを言うな、考え直そう。アンタがやらなきゃ他に誰がこんな大仕事をやれるんだ?」
「わたしでなくとも他に一族はいます。強かった母の血を継いでいるというだけでこんな重荷を背負わされるなんて、わたしは嫌です。わたしを捨てた人の身代わりなんて絶対に嫌です!」
ハルの記憶の中で、あかりは優しい母親だった。しかしひかりの中では自分を捨て逃げた憎い母親なのだろう。
「あなたなんて妖怪のくせに、母に拾われて大切に育てられて……どうして
「なんでだろうな」
壁に背中がついた時、身体の力が自然と抜けた。目の前のひかりへ両腕を広げる。悔しそうに顔を歪ませていたひかりは足を止め、ぐっとハルを睨んだ。ハルはうっすらと笑みを浮かべる。
「アンタから母親を奪って、ごめんな。周りの期待も苦痛だっただろう。あかりが私を見つけなければ、アンタはただの女の子だったんだもんな」
「だったら早く、わたしを」
「でもアンタのこと、汚せない。多分後からもっとつらくなるはずだ、後悔してもしきれないほどになる。大っ嫌いな妖怪に犯されたら一生の心の傷だ。アンタは私を恨み続ければいい、なんであの時って思い続ければいいよ」
固まったひかりを抱き寄せて、ぽんぽんと頭を撫でてやる。もがくようにハルの腕を握っていたが、やがて力なく身体が崩れた。穢れを知らない少女の苦痛が胸の奥で共鳴する。
「ひかりと私も一応は姉妹さ。ぱっぱと母さんのこと見つけて、早く楽にしてやるよ。大丈夫、アンタは眩しい光の中だけを見つめていれば、影のところは私が片づけておくから。母さんの身代わりは私も手伝う」
「お母さん……」
人間の心は脆いものだと思いながら、ハルは床に座り込み泣き出したひかりを抱きしめていた。
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