第12話「意思に反して」
日が暮れてすぐのところではまだ、妖怪は本来の姿にはならない。辺りに漂う光の力が薄れていくごとに少しずつ、その姿を現す。だからハルも今は人の姿のはずだが、瞬時に妖怪と見抜いたひかりの目はやはり人間とは違うものがあるらしい。
「わたし、は……ッ」
震える声をあげたひかりは今にも泣きそうで、ハルも少しばかり心が乱された。しかしひかりの実力が分からない今、下手に封じ込められては敵わない。手首を押さえる力は少し抜いて、できるだけ優しく答えた。
「落ち着いて、少しずつでいいから話してみろ」
「違うんです……わたし、天明の子じゃないです。違うから殺さないで……喰べないで」
それはハルも知っていることだ。さっき絵巻物を読みながらアマテラスが能力の高い者だと言っていた。おそらく天明の子はあかりの方だろうとも予想はついていたのだ。
「アンタが抵抗しないなら襲わないよ、私は殺しに来たわけじゃないんだ。この両手を放す用意はできてるけど……どう?」
泣きながら頷くひかりを見て、身体を起こしベッドから飛び降りる。ハルは拍子抜けしていた。てっきりアマテラスに似て傲慢な娘か、あかりに似て芯の強い娘だと踏んでいたのだ。しかしひかりは気弱な性格らしい。
「アマテラス様から話は聞いてないのか」
「わたしは神託を聞けるほどの力はないです、せいぜい憑依されるくらいしか」
「そうか、じゃあ説明してやらなきゃな」
泣き止んできたひかりにハルがアマテラスに仕えるようになった経緯と、あかりを捜していることを伝えた。沈み込んだ顔で聞いていたひかりだが、ふと顔を上げる。
「……あなたは死屍子が封印されてほしいですか」
「うーん、別にどっちでもいいな。無事封印されて元通りになったら、またいつものように放浪暮らしをすればいい。死屍子がやりたい放題してたら、それに乗じて好きに人を喰って生きればいい」
「そうですか」
「その顔つきだとがっかりって感じだな。もしかしてアンタ、死屍子を封印する気ないんじゃないか」
「はい」
予想外の答えに目を丸くしていると、ひかりの双眸がしっかりとハルを捉えた。
「わたしは普通の人間として生きたいんです。高校の友達と遊んだり素敵な男の人と恋したり、そういう普通のことがしたいんです。あなたは別にどっちでもいいんですよね? ……だったらわたしを逃してくれませんか」
「逃す? でもどうせ、朝になればまたアマテラス様が身体に入るだろうに」
「ええ。それはわたしの身体が清らかだからです。妖怪の手に穢されてしまえば、もう天明の清らかさなどなくなる」
服のボタンへかけられたひかりの手は震えていた。
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