第9話「お仕置き」

「ごめん、私が悪かった。ちょっと気分が上がっちゃったんだよ」

 先ほどから黙り込んでしまったアマテラスの横を歩きながら、ハルはこの調子で謝り続けている。抱き上げられたまま空を舞ったのが余程怖かったのか、あろうことか放物線の頂点でハルに強烈なビンタを食らわせたのだ。腫れた左頬を押さえながらまた謝罪の言葉を口にする。

「許してくれ、もうしない」

「……次やったら消し炭にします、覚悟なさい」

 恐ろしい釘を刺されたがどうにか許しは得られた。ホッと胸を撫で下ろすのもつかの間、見えてきた街の景色に目を奪われた。

「街へ出るのは久しぶりだなぁ」

「わたしもです。神降ろしした後はすぐ、光の森へ籠りましたから」

「まあその体質じゃ仕方ないか。少しでも影のあるとこに入れば光ってるのがバレるしな。……それで、どこに向かうつもりなんだ」

「まずはあなたに天明伝絵巻物を読んでもらいます。安心なさい、読めないところはこのわたしが説いて差し上げましょう」

「ええ?」

 アマテラスがキッとハルを睨みつける。明らかな威嚇に首をすくめてそっぽを向いた。むいと頬を摘まれて無理やり振り向かされる。

「ついでにどれほど漢字が書けるのか確かめて、読み書きもやらせます。わたしを怒らせた罰としてですから、人を食べて覚えるなんて許しませんよ?」

「お仕置きがきついな」

 ハルがぼやいている間に書店でノートとペンを買ってきたアマテラスはそれをハルに渡す。公園の休憩所のテーブルにそれを広げて、ハルがペンを不思議な持ち方をした。

「そんな拳を握るような書き方では書きにくいでしょう、それにあなた左利きなんですか?」

「分からないけど、いつの間にかこの持ち方だ。正しい持ち方にしようとすると指先に力が入りすぎて、ペンが折れるんだよ」

「その持ち方もなかなか力は入るでしょうが……圧力を分散させているんでしょうか。まあいいです、まずはシュンカシュウトウから」

「えっと、春、秋、冬……ナツはどう書くんだっけ」

 深いため息が聞こえる。その次のカグラもミコも書けずにハルはデコピンを食らう羽目になった。光の力が込められたデコピンがひたいを打ち抜き、ハルはその度に公園の真ん中で大声をあげる。側から見ると勉強をする高校生の二人に見えるのだろうか。

「痛い! なんでそんなに痛くするんだよ」

「あなたがそんなに馬鹿だとは思わなかったんです。もう最後にしますよ……アマテラスオオミカミ、と書いてごらんなさい」

「天照大御神、と。はい」

 とめはねはらいが強調された、角ばった文字で書かれたその五文字は正解だった。癖のある字体だ。アマテラスが目を丸くしていると、ハルがにっと口角を上げた。

「びっくりしたか? 私は母さんに習ってたんだ、アンタのこと。素敵な人だってね」

「この……この、妖怪のくせに!」

「いっだぁ!」

 より強烈なお仕置きが飛んできて、ハルの絶叫が公園に響き渡った。

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