第10話「天明伝絵巻物」
ノートにひたすら漢字を書き続けて、アマテラスがよしと言う頃には左手が痺れてしまった。ぐったりとするハルを尻目に、アマテラスが一本の絵巻物を取り出す。
「ここまで覚えればこれが読めるはずです」
「今から読むのか……休ませては」
「さて、まずは高天原の場面からですね」
「……くれないよな」
アマテラスが絵巻物を巻き取りながら場面を説明してくれるのを、ハルが後ろから抱えるように覗き込む。はっきりとした声で読み聞かせてくれるのに聴き入っていると、話がするすると入ってくる。
「天明の子、というのは天明一族の中でも秀でた能力のある者のことですね。そういった者をわたしが指名して神託を与えるのです」
「なるほどな」
「千年に一度、世の中に歪みが生まれる。その歪みの中央にいるのは『死屍子』という妖の首領である。天照大御神、天明の巫女両名の力をもってして死屍子を封じよ。……これがわたしの与えた神託です」
どうやら妖怪とは世の歪みから生まれるものらしい。ハルもまたそれに引き寄せられ出来たものなのだろうか。
「目が覚めた天明の子は枕元の装飾具を手に、全国を回って妖怪の中から死屍子を捜します。死屍子の特徴を表したこの部分、なんと読めますか」
「ええ、と……黒い靄があって、四足歩行で人を喰い荒らして、弓矢も剣も効かない」
「よく読めました」
ようやく褒められてハルの口元が緩む。あかりに褒められた時のような満足感があったのだ。
「身体を覆っている黒い靄は溢れ出た憎悪の力。この禍々しい力が周りの妖怪の能力を向上させるようで、妖怪達は死屍子を筆頭にやりたい放題です」
「それはそれは、楽しそうだな。いてッ」
「わたしの奴婢である自覚はあるのですか? 軽々しくそのようなことを」
「私だって妖怪だ、人間に追い立てられてた恨みくらいある。……でも母さんのおかげで今は結構好きなんだ、悪人以外はな」
「そう、ですか」
ハルの言葉の何かが引っかかったのか、アマテラスが微妙な顔をしてハルを見つめた。ハルもジッと見つめ返すとふいと顔を背け、また絵巻物を読み始める。
「力を増した妖怪は三万という大軍勢で、天明の子が祠のもとへ行くのを防ぎます。祠とは各地の歪みを封じるために、わたしがこの世へ降ろした封具です。千年に一度の神降ろしが行われる度、それのある場所は変わります」
「なんで祠が動くんだ」
「祠はこの世の裏側……死者の住まう根の国との境界。霊体神体の世界であるため、その境界は常に揺れ動いているのですよ。死屍子がその境界を開いた時、開かれた場所に祠もまた、現れます」
「ふぅん?」
ハルが怪訝な顔をしたところで、アマテラスがふと空を見上げた。
「おや、もう日暮れですか。ひかりに精神が戻る前に宿へ行かなくては」
慌てて立ち上がって絵巻物をしまったアマテラスの様子に、ハルは首を傾げた。
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