第7話「捨て、拾う」

 光の森を突き進むアマテラスは遥か後ろをよろよろと歩くハルを見てため息をついた。

「何をしているのです。早く歩かなければ日が暮れますよ」

「こんな重いもの持たせるからだ……!」

 スキニーのズボンと白の襟シャツに丈が長めのパーカー姿に変わったハルは見違えるように綺麗になった。血みどろでボロボロの服ではまるで乞食だった。今も荷物がぎっしりと詰まったリュックを背負ってよろけているのだから、大して差はないが。

「何入れてるんだ、これ」

「数日分の食料と着替え、太占の道具と書物をいくつか」

「本が重たいんだな……要らないだろ、娯楽なんて」

「書物というのは神降ろしに関するものです、人間達の嗜好品などではないのですよ。その中に天明伝絵巻物も入ってますから読みたければ好きになさい」

「難しい漢字は読めないからいい」

「では早く来なさい」

 向こうから驚くほど大きなため息が返ってきたが、逃げるつもりはないようでよたよたとついてくる。光の森さえ抜ければ妖怪の力にも制限はかからない。あと少し歩けば多少は楽になるのだ。

「なあ」

 少し追いついてきたハルが声を上げる。

「アマテラス様の話も聞かせてほしいんだ。カミサマっていうのがどんなことをしてて、どんなことを考えてるのか教えてくれ」

「……わたしは普段、高天原たかまがはらという場所で暮らしているのです。人の世と若干次元がずれている場所にあるために、人の目には映りません。そこで多くの神とともに人の世の移り変わりを眺めています」

「仕事は?」

「機織りや神田の稲を作らせる、大嘗祭を行うことです。わたしは太陽神ですがそれと同時に巫女でもあるのです」

「へえ、すごいな。母さんはアンタのことをすごく尊敬してるみたいだったから、気になってたんだ」

 感心しているハルを横目にアマテラスは表情を曇らせる。その顔を周りの木々が照らして嫌に眩しい。歩みが遅くなっていたのか、いつの間にかハルが隣に並んだ。

「私が人を襲おうとした時とか悪いことをした後とか、怒るといつもアマテラス様の話をしてた。彼女のように立派な心を持ちなさいって」

「わたしとあかりは友人のように親しくしていましたから」

「また会いたいとも言ってたな」

「会いたい? 何を馬鹿なことを!」

 声を荒げたアマテラスに対して、ハルは驚きもせずジッと見上げた。わなわなと拳を震わせたアマテラスは顔を歪めて言葉を吐き捨てる。

「八年前にわたしとひかりを捨てたのは彼女の方ですよ、あなたからいなくなったのではありませんか。会いたいとぬかすくらいなら何故、わたし達を捨てたのです」

「……逆になんで私なんかを拾ったんだろうな」

 二人の視線が交差する。光の森を重たい風が吹き抜けていった。

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