第5話「四年前に」

「私は自分の正しい歳を知らないからあれだが、母さんは「もう十二歳ね」って言ってたかな。夜が一番長い日が誕生日ってことになってて、毎年祝ってくれてた」

「あかりがそんなことまで……」

「変な人だよなぁ」

 アマテラスと目が合うと微かに微笑む。しかしうつむきがちになったハルは眉をひそめ、一気に深刻そうな顔に変わった。

「小さな家で甘いケーキを食べて、特別に夜でも外に出ていい日だったから一人で散歩したんだ。ちょっと遠くまで歩こうと思ってたから帰る頃にはすっかり深夜で、街は静かなはずだった」

「……そこで家が焼けたのですね」

「ああ。家に近づくにつれて聞こえるんだ、救急車のサイレンだとか人の騒ぎ声だとか。そのうち何か焦げた匂いまでした。走って戻っていったら家全体がもう……な。外に母さんの姿はなかった」

「なんですって」

 アマテラスがずいと近寄り、顔色を変えてハルを問いただす。顔を上げて眩しそうに目を細めたハルは力なく身体を揺さぶられ、細々とした声で答えた。

「近所の人間達が母さんの姿を見てないって言うから、火の中に飛び込んで捜したよ。妖怪は人より丈夫だし。でもリビングにも寝室にもいなくて、隅々まで捜したけど気配もなくて、そのうち肌がただれたのが我慢できずに外に出た」

「すでに灰燼と化していた可能性も」

「なくはない。でも私が入った時はまだテーブルとかは燃えてなかったし、壁や天井だけだったから可能性は低いと思う」

「あなたの十二歳の誕生日、突然の火災と消えたあかりですか。自ら姿をくらましたか、あるいは」

「誰かに連れ去られた、かもな」

 二人は顔を見合わせる。ハルはしっかりとした目でアマテラスを見つめた。

「まず火元がおかしかったんだ。台所は家の奥にあったのに火の勢いが強かったのは玄関先だった。ケーキのロウソクかもと思ったがそれも違うらしい、だってテーブルは燃えてなかったから」

「確かに妙です。事故にしてはおかしすぎます」

 揃って考え込むと静寂が訪れる。しばらくそれが続いた後、ふとアマテラスがそういえばと切り出した。

「そのように考えているならば、あかりが生きている可能性を考えているのでしょう。ここは近い街でもだいぶ距離がある……あなたはあかりを捜して?」

「うん、まあそれもあるがちょっと違うな。街を追い出されたから、昔のようにさまよいながら捜してるんだ」

「追い出された? ……ああ」

 アマテラスにも想像はついた。妖怪は日が暮れると本来の姿かたちを現す。常に太陽の力に満ちるこの森ではハルも人間の姿であるが、おそらく別の姿もあるのだろう。家を燃やす炎に照らされたその姿を見、生身で火に飛び込み生きて帰ってきたのを見れば、人々が恐れ追い出すのも無理はない。アマテラスが悟ったことに勘づいた様子のハルは頷き、口を開いた。

「そんなわけでもう四年になる。私は今、十六歳らしい」

 十六歳にしては背格好が高い。元々ひかりの身体が少し小柄なこともあるが、ハルはすらりとした細身だ。あかりの予測は大方、太占から導いたものだろうから間違ってはないはずだが、十八と言われた方が頷けた。

「さ、話はした。そろそろ放してくれないか」

「いいえ、利害が一致しているならまだ解放するわけにはいきません」

 ハルはやれやれといった風にため息をついた。

「カミサマってのは御都合主義者だな」

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