第4話「思い出話」

 アマテラスが正面に座り直して、ハルはどこから話そうかなとぼやいた。少し考えて口から出たのは自分の生い立ちだった。

「私は山奥で捨てられたみたいで家族がなくて、一人で迷い込んだ人間とかを喰って暮らしてたんだ。今思い返すと人の形をしてるくせに、まるで野生動物みたいな暮らし方だったな」

「妖怪が子を捨てるとは珍しい。彼らは一族を重んじることが多いのに」

「へえ。まあ今となっては親の顔を知ろうとも思わないな、会ったら喰い散らかしてやろうとは思ってるけど」

 ハルは人間から何かの一族として称されたことはない。河童や鬼といった通称を持っていないのだ。自分がどういう妖怪なのか分からない限り、親のことなど見て分かるはずもない。

「ええと、早速話が逸れた。それで私の背丈が少し大きくなった頃、母さんが現れてこてんぱんにやられたんだ。妖怪退治を頼まれたとか言ってたっけ」

「天明一族が生業としているのは太占ふとまにとわたしに代わっての妖怪退治ですから、当然の話です」

「あの人、強いよな。手も足も出なくて家に引っ張っていかれて、ああ……その時も手足と首を押さえられたな。アンタらはこうやって捕まえるのが好きらしい」

 首輪は話しやすいようすでに外されているが、今の状況はとても似たものを感じる。どこか懐かしさを覚えておかしくなってきて、ハルは思わず一人で笑った。アマテラスが話の続きを促し、また記憶を辿る。

「うーんと……。ああ、私殺されるなと思ってたらあの人、いきなり「私の子供になりませんか」って言い出したんだ」

「あかりがですか?」

「そうだ。私もびっくりしたよ、何言ってるんだろうこの人はって。でも本気らしかった。それからは人としての常識とか文字の読み書きとかを教えてもらいながら、あの人の家で暮らしてたってわけさ」

「字の読み書きなど人を食べれば記憶として身につけられるものでしょうに」

「それはちょっと違うな。妖怪は人を喰った時に入ってくる記憶を選別できるんだよ、そうしないと脳みそがパンクするから。私は文字を読むことなんて一生ないと思って今まで捨ててたんだよ」

 説明してやるとアマテラスが興味深そうに何度か頷いた。

「妖怪に関しては知らないことが多くて戸惑います。なにせ謎が多いですから」

「なんだ、アンタはカミサマなのに案外無知なんだな」

「興味がなかったんです。わたしはわたしを信仰する人々に害をなす妖怪を封じることだけしてきましたから」

 アマテラスが襖とさらに向こうの障子を開け放つと強い光が差し込む。相変わらず外は眩しい。森からの後光を背負い、アマテラスが向き直る。

「そういえばハル、何故そんなによくしてもらっていたのに今は一人でこんな場所へ?」

「……それはだな」

 ハルは苦い顔をしてみせた。

「四年前に母さんと暮らしてた家が焼けたから」

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